第125話 夜の街で

文字数 2,121文字

翌週の日曜日、健の舞台を観に東京へ来ていた。健の事務所のちょっと有名な先輩がバイクで事故を起こし足を骨折してしまい五日前に急遽の代役として健が選ばれたのだ。

今までは五十人入ればいっぱいの劇場での舞台出演だったけれど、今日は五百人は居そうな会場だった。

いつものように終わった後に出演者が出てきてお見送りまでしてくれるアットホームな劇場ではなく、お客と出演者がはっきり分けられている大きな劇場だ

健と話す時間は無さそうだったので早々に会場を引き揚げて東京の街を歩く、十一月も半ばだというのに夏の終わりかけの夜風のように生暖かい。

待ち合わせ場所の新宿駅の西口で彼を待っていた。忙しなく歩く人達を見ていると彼が車で来て道の傍に車を止めたので助手席に乗り込んだ。

「健どうだった?」
「凄かった、ステージのセットも今までと違って格段に豪華だし、出演者も沢山いるしさ、みんな演技上手かったし話も面白かったし、お芝居見てるって感じだった」

「良かったな、事故に遭った人には申し訳ないけれどチャンスだからな」

「うん、この間のドラマは最終オーディションで駄目だったから、今回ので誰か偉い人の目に留まればいいけど、明日仕事帰りに神社行って祈ってくる」

日曜の夜なのにネオンで眩しい歌舞伎町の横の道を走る。
「そういえば健は従兄弟だって知ってたの?」
「そう、三ヶ月前に健の実のお父さんがネットかなんかで調べて急に舞台観に来たんだって、その時に聞いたらしい」
「実のお父さんとは交流あるんだ」
「いや、これまで興味もなかったのに突然擦り寄って来ちゃって、どうしちゃったんだろうね」

「歳とって寂しくなったんだろうな」
「そうなのかな……風の噂で実のお父さんが脱サラして始めた喫茶店が上手くいってないって聞いた事があって」

彼が悲しそうにこう呟いた
「……そういうこと」

「だから健に絶対にお金貸しちゃいけないし、保証人にならないで、後は好きに気の済むまで交流しなよって言ったら、そういうことだろうなと思って十分ぐらい話して適当にあしらって帰したんだって」
「健はしっかりしてんな」
「私が育てたからね」

私は胸を張ったけれども、すぐに彼に矛盾点を指摘された。

「もう一人の方も同じ教育受けてるはずなんだけど」
「……智はね本当に馬鹿なんだよね、一人暮らし始めて一週間くらいしたら泣きながら電話かかって来て、「給料全部使っちゃって後15円しか残ってない」って」

「予想通りだな」
「だから仕方ないからお金貸して、その代わり三ヶ月ずっと週末に今週使った分をレシート付きで報告させてたの、そしたら謎の飲食代2万円、株式会社ビッグハートって領収書が週一はあってさ」

歌舞伎町を横目で見ながら懐かしく思い出していた。運転席の彼は何故だか引きつった顔をしている。

「嫌な予感がするな」

「ネットで検索したら案の定怪しげな店で、みっちゃんっていう男に詳しい友達に相談したの、そしたら趣味みたいなもんだからちゃんと月いくらまでこのお店に使ってもいいって決めてあげたら?って言われてさ」

「決めてあげたの?」
「うん、給料が月こんだけあって家賃がいくらで携帯代が食費はちゃんと自炊して、残るお金はこれだけで、そしたらビッグハートのこのコースだったら月三回行けるよって数字出してあげた」

「……自分の姉ちゃんに同じことされたら、俺恥ずかしくて姉ちゃんに二度と会えない」

「普通の人はそうでしょ?でも智は馬鹿だから月に三回も行けるんだ、姉ちゃんありがとうって喜んでたから」
「あいつって本当にシスコンだな」

「だから美子ちゃん紹介された時に良かった、これでもう怪しげな店行かなくなるってホッとした」

そういった私を彼は鼻で笑った。
「いや、まだ行ってるだろうな」

「行ってないって、もう相手いるんだし流石にそこまで馬鹿じゃないよ。美子ちゃんのこと好きだったら行けないよね」

彼が何か変な顔をした気がした。この違和感は何だろうと考えた瞬間に彼に話を逸らされた。

「今日智はいないの?」
「うん、老人ホームで働いてるからシフト制なんだよ。急な話だったから休み取れなくて来週美子ちゃんと観に来るって」
「良かった、あいつも付いてきたらどうしようかと思った」

「折角数時間会えるのにいたら嫌だよね」
そう言って二人で笑った。
 
歌舞伎町が見えなくなり、都庁らしい大きな建物が見えてきた。

「どこ連れてってくれるの?」
「たまには彼氏らしいことさせて、今日は絶対に俺に奢らせて。払うそぶりも見せないで、今から行く店そうじゃないと俺がカッコ悪くて恥ずかしいから」
彼に何重にも釘を刺されたので思わず笑ってしまった。

「わかったって、そこまで言うならご馳走になります。どんな店だろう?お腹空いてるんだよね」

そう行って彼に連れてかれたのは、名前だけは聞いた事がある高級なホテルの30階にあるバーだった。エレベーターに乗っている時に田舎者らしく「初めてこんな高そうなホテル入った」と喜ぶと、彼は満足そうに私を見つめて髪を撫でた。


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