第287話 バレンタインデー

文字数 949文字

「四時間目は十一時半からなんですが、だいたい何時ぐらいに教室に入って来られますか?」

ディレクターさんが彼に「どうする?」と聞いた。

彼が今日初めて口を開いた。
「じゃあ先生の都合優先で構いません。いつ入って来ればいいか教えて下さい」

彼は空気を読んで完全に素知らぬふりをしてくれている。

「四時間目、算数の学習をしますので、だいたい二十分ほどで個別学習のドリルの時間にうつるのでそのタイミングであれば有難いです」

「はいわかりました」
「次に給食ですが一緒に食べられるとお聞きしていますが、配膳とかはどうしますか?」

私は細かく打ち合わせしとかないと気が済まない、神経質だし。

ディレクターさんは少しうんざりした顔をしているが、私のことをよく知っている彼は顔色一つ変えずに付き合ってくれている。

「じゃあ帰りの会で一緒にさようならで子供達と一緒に帰るということで」
そこまで言い終えた時、ディレクターさんがニヤッと笑った。

……嫌な予感する。
ディレクターさんがやけに通る声でこう言った。

「こんなに細かく打ち合わせするんなら、昨日のうちに二人でしておいてくれたらよかったのに」

私と彼は黙り込んだ。

校長先生と教頭先生も黙り込んだ。

打ち合わせに飽きて世間話をしていた村の人達も黙り込んだ。


何の音も動きもない時が5秒続いた後に彼がこう言った。

「じゃあ先生よろしくお願いします」
「はい。それでは失礼します」

そう言って校長室を出ると、三時間目終わりのチャイムが鳴った。

子供達はチャイムが鳴り終わる前になんとか自分の席に着くと、日直当番さんの挨拶で授業が始まった。

黒板に算数の問題を書きながら、これってあの後ろの隠しカメラ通して彼が見てるんじゃないかと思うと気が重い。

なんとか子供達の考えや意見を聞いてまとめあげるとドリルの時間になった。

残り20分、計算通り。

そう思った時だった。

後ろの戸がガラッと勢いよく開いた、子供達が何事かと振り返ると丸山さんが大声で「久しぶりだな」と叫んだ。

一瞬にして教室は歓声に包まれた。
手紙をテレビ局に出した張本人のヒロくんは持っていた鉛筆も算数ドリルも全てを投げ捨て、喜んで彼に駆け寄っていく。

ヒロくんに続くように子ども達は久しぶりに再会する丸山さんに駆け寄った。

もう後は丸山さんに全て任せておけばいい。
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