第354話 五月の新緑

文字数 2,511文字

日曜日、五月晴れの中、さくらちゃんとその他のファンの人達と塚田君のフットサルの試合を見に来た。

職員室で島田先生と塚田君が同じフットサルチームに入っていて、今度試合があるという話にファンが食いついたのだ。

今日、この後さくらちゃんと家具屋巡りをする約束をしていたので私もついてきていた。

確かに塚田君はかっこいいけれど、だめだ飽きた、眠い。

根っからの運動嫌いの私はついてきた事を激しく後悔していた。塚田君は野球観戦とサッカー観戦が趣味だから、どこからどう考えても私には無理だ。

それにしても眠い、自然と大きな欠伸が出た。


おまけに塚田君がゴールを決めるとマネージャーらしき女性のボディタッチが半端ない。ボディタッチ後マネージャーが得意気に観客席のこちらを見た。

こっちではキーとみんなハンカチを噛み締めるような顔をしてマネージャーを睨み返していた。

「あんなにモテる人と付き合ったら大変だよ」

思わずそう言うと「私が浮気されないようにしっかり見張るから大丈夫です」と一人に返され、みんな一斉に頷いた。

ここにいる人達は最年長でも28歳だ、私よりも七つも年下でみんな若い。できない理由を探してしまう私とは大違いでみんなできる理由を探している。

また試合が再開しみんな塚田君に釘付けになった時、さくらちゃんが小声で話しかけてきた。

「実はやっさんと智さんが昨日高崎グランドホテルでステーキご馳走してくれるって言うから行ったんですけど」

やっさんの涙ぐましい努力に本当に涙が出そうだ。

さくらちゃんとデートしたいが為に二人じゃ警戒されると思ったのか智も連れて、あんな高いホテルのいい店に連れていくなんて。

「ステーキ美味しかった?」
「凄く美味しかったです!夜景も凄く綺麗で」
「それは良かった」

さくらちゃんがそこまで喜んでくれたらやっさんも本望だろう。

「その時に知ったんですけれど、亜紀先生の元彼さんって結構とんでもない人物なんですね」

最悪だ、あいつらは話の種に私を売りやがった。

「……もう昔のことだよ、電話番号も何もかも消したから連絡取れないし」

「だから、寺下君の話し相手を塚田先生が引き受けてくれてるんですか?」

寺下君とはラビッツの丸山さんが好きな私のクラスの男の子だ。

「……そうなんだよね。塚田君は親切だからね」

「塚田先生はどうして知ってるんですか?二人だけの時に話してるんですか?」

「あーこの学校に来る前に二人で歩いている所を塚田君に見られたんだよね」

詳細に説明するのが面倒だったのでそう言うとさくらちゃんはホッとしたように肩を撫で下ろした。
確かに昔のことだけども、智とやっさんは言っていいことと悪いことの区別つけろ。


午後、さくらちゃんと家具屋にいると、塚田君から電話がかかってきた。

「今家具屋でソファ選びをしている」というと何故か塚田君も家具屋に来てくれて一緒に選んでくれた。

「思い切ってこのピンクにするかな、でも年齢的にもっと地味な色にした方が」

そうブツブツ言っていると塚田君は私を見つめてこう言った。
「自分の好きな奴買えばいいんじゃない?」

塚田君はやっぱり優しい、

ソファを買った後、この間のお礼にとたかちゃんも呼んで四人で夕飯を食べた。

さくらちゃんがとんでもない話題をぶっ込んでくる。

「ここにいる人達はみんな亜紀先生が誰と付き合ってたか知ってるんですよね?」

たかちゃんも塚田君も無言になった。何故今その話を出すのだろう。

「亜紀先生、本当にもう会わなくていいんですか?だってもう一度会ってくれ的な手紙貰ったんですよね?」

この話はさくらちゃんに話していない、あいつらどこまで私を売れば気が済むのだろう。

塚田君にこの話は知られたくなかった。

塚田君に穏やかにこう聞かれた。

「そうなんだ、会わなくていいの?」


「裏切られてるから、どうしてもそれが許せないんだよね。私心が狭いからね、裏切られるともう駄目になっちゃう。

でも全てが終わった今は冷静に考えられる。
あの人が物心つく頃から好きで十何年引きずってた人だから、いきなり現れたら迷うのは理解できる。

でもその結果、見事に裏切られた訳だから許さないし会わない、それ以上でもそれ以下でもない」

何故だか塚田君がこう言った。

「俺のこともまだ怒ってる?」

たかちゃんとさくらちゃんの表情が凍った。

ここで何てこと言うんだよと思ったが、「塚田君とは付き合ってないじゃん。裏切るとかそういうのじゃないよ」

そう言って大袈裟に笑うとたかちゃんも場の空気を察して一緒に笑ってくれた。けれどさくらちゃんは悲しそうに塚田君を見つめている。

何か違う話題を振ろう。

「ここ、私の株主優待券で払わせてね。有効期限があと一ヶ月しかないし」

塚田君に怪訝に聞き返された。
「株主優待券?」

「実は色んな企業の株を買ってて、株主優待券を健に仕送りがわりに送ってたんだよ。健は遠慮しいだから現金だと受け取って貰えないし、これだったら受け取って貰えるし。

でも三月に貰えるやつ送ったらさ、人並みの給料貰えるようなったから、もういらないし株全部売れって寂しいこと言われちゃってさ」

たかちゃんが私に話を合わせてくれる

「今景気悪いから売らない方がいいよ」

「そう、今売る時期じゃないから優待券を持て余して困ってる。実は牛丼屋の優待券5000円分持ってるんだよ、今月末期限のやつ、どうやったら後一週間で5000円分牛丼食べられる?」

塚田君が穏やかにこう言った。

「夜、職員室に残ってる人達に差し入れするのはどう?」

さくらちゃんがさっきの悲しみを隠して賛同してくれた。

「それいいですね、楽しみにしてます!」

何とか場の空気を穏やかなものに元に戻すことができた。



塚田君は色々と鈍すぎる。

だから鼓動が早くなるような事を言われ、ふらっと塚田君のことを好きな自分に戻ってしまいそうな自分がいる。

けれど塚田君は無理だ。

完全に付き合うタイミングを外したし、毎日顔を合わせる学校の同僚だし、そして学校に狙っている人が六人いる、たかちゃんも好きだと言っている。

おまけに好きなことが違いすぎる、付き合ってもうまくいかないだろう。

頭ではこんなにわかっているのに、どうして心がついていかないのだろう。










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