第342話 四月の風
文字数 2,649文字
何だか蒸し暑くて窓を開けっ放しにすると、春の夜風が部屋に吹き抜けてきた四月の下旬。
さくらちゃんが部屋に来て授業の相談をしている。
彼女によると二年生担任の莉子先生までもが塚田君のことを好きになったそうだ。
「莉子先生が親との付き合いが上手くいかなくて落ち込んでたら、優しく慰められてコロッといっちゃったみたいですよ」
ふとこの間の「俺がいるよ」発言を思い出した。一瞬ときめいてしまったけれど、彼は落ち込んでる人や困った人をほっとけないのだ。
「塚田君らしいね、優しいイケメンは罪だ」
「でも塚田先生の優しい言葉に本当にたまにコロッといってしまいそうな時ないですか?」
何故だかいるやっさんがこの世の終わりみたいな顔をした。
どうやら、さくらちゃんもそうだったらしい。
「あるよ、私は自分で止めてる。正気に戻れって言い聞かせてるから」
智が大笑いした。
「あははっ、塚田さんが姉ちゃんなんか相手にする訳ねーだろ」
腹が立ったので思いっきり蹴飛ばした。
「私は彼氏の顔を思い出します」
そう愛しそうに言うさくらちゃんを見てやっさんがまたこの世の終わりみたいな顔をした。
「彼氏か、いいねぇ」
何故だかもう会うことのないあの人の顔を思い出してしまった。
次の瞬間、私のスマホの受信音が鳴りあの人の顔はどこかに消えてなくなった。
「トーマスだ」と呟くとさくらちゃんは前のめりになり、その他の二人は「トーマス?誰それ?」と爆笑した。
最近、人生で初めてスポーツジムに通い始めた。もちろん一人では勇気が出ないのでさくら先生を誘った。
最初はホットヨガだけ行っていたが、そのうちトレーナーの人に勧められるがまま筋トレマシーンも使うようになった。
家で暗い気持ちで過ごすよりよっぽどいい。痩せられるし健康的だし、暇つぶしになるし。スポーツクラブは凄くいい。
そこで隣の隣の学校でALTをしているカナダ人のトーマスと仲良くなりLINEを交換した。
そのトーマスからメッセージが来て食事に誘われたのだ。
さくら先生は鼻息荒く「行きましょう、外国人とデートするなんて滅多にない機会ですよ」と言い、その他の二人は「何かの詐欺じゃないか」と疑っていた。
確かにカナダ人とデートするなんて滅多にない機会だ。
そしてトーマスと楽しく食事して映画を観て帰ってきた。
でもこれが間違いだった。
デートの翌日、職員室で怒涛のトーマスいじりが始まったのだ。
さくら先生がポロッと漏らしてしまったらしい。彼女は意外と口が軽い。
島田先生が午後七時の職員室で大声で叫ぶ。
「山浦先生、今日はトーマスとデートじゃないんですか?」
「だから、昨日も言ったけれどカナダではこうだとか文化の違いを聞いて勉強になった。でも一回楽しく食事しただけ!付き合うとかまた別な問題でしょ?」
島田先生がまたニヤッと笑った。
「藤籠さんはどうなりましたか?」
「どうもこうも、旅行会社の人でしょ?」
暇を持て余した真里先生が参加してくる。
「でも藤籠さん頻繁に学校来てわかりやすく亜紀先生に話しかけてますよね」
さくら先生が余計な暴露をする。
「藤籠さん、亜紀先生にしょっ中メッセージ送ってきてるんですよ」
「それは言っちゃ駄目でしょ!」
そう大声で叫ぶと塚田君が仕事の手を止めて複雑な表情でこっちを見ている。
修学旅行担当の社員さんと面倒なことならないでくれよと思われていることだろう。
「だから、藤籠さんとどうこうなるのは絶対にない!」
「なんでですか?」
「だから、私は適当に付き合う相手なんかいらない、結婚相手が欲しいんだって」
「藤籠さん優しそうだからいいじゃないですか」
「藤籠さんのお母さんって物凄く強烈な人なの、おまけにお母さんの0.8倍くらい強烈なお姉さんがいて、今度離婚して子連れで家に戻ってくるらしい。……ねぇ?」
そういうと皆んなが笑った。さくら先生がさらに余計なことを暴露する。
「亜紀先生、スポーツジムで違うムキムキの男の人にもLINEのID渡されてましたよね」
「何でそれを言うの!」
そう叫ぶと島田先生が囃し立てる。
「山浦先生モテモテじゃないですか」「すごーい!」
他の若い先生達までもが仕事の手を止めて囃し立ててくる。
「いや確かに最近こういうこと多いかも、人生で一度だけモテ期来るっていうけど、モテ期今来たわ。三人にモテた。あーこれからもモテ期が続いて誰か結婚できる人に出会えますように」
早口でそう捲し立てると島田先生がしつこく聞いてくる。
「その人に連絡したんですか?」
「してない、マッチョ好きじゃないし。その人年齢27だって、弟とその愉快な友人達と被るから年下は無理」
島田先生がまた調子に乗る。
「じゃあ、同い年からはいけますか?」
「そうだね、まだね」
「どんな人がいいんですか?」
「うーん、年収はどうでもいいからちゃんと正社員で働いてて、健康で、優しくて、ギャンブルしなくて、借金癖がなくて、いかがわしい店に出入りしない人」
そのざっくりした条件を聞いて島田先生はこう大声で叫んだ。
「じゃあ塚田先生と付き合うしかないですよ」
「ちょっと!」
そう怒ると島田先生は更に調子づいた。
「塚田先生の何が駄目なんですか!山浦先生の言う条件みんな満たしてますよ」
ここで否定すると塚田君に悪い。
「あぁそうか、そうすればいいんだって塚田君他に付き合ってる人いるでしょうが」
素人の私が無茶苦茶なノリツッコミをすると、また例の二人が席を乱暴に立ってどこかに行ってしまった。
「何であの二人の前でそんなこと言うの!」
島田先生に猛抗議した。
「いやだって、そうすればいいじゃないですか!
島田先生はニヤニヤしながらそう言い放った。この人は二人目も生まれて自分の生活が落ち着き、そういう話題に飢えているのだ。
気まずい空気が私と塚田君に流れる。
「だからさ、塚田君は今付き合ってる人がいて」
そこまで言いかけると塚田君が仕事の話をし、話題を変えた。
「ゴールデンウィーク明けの六年遠足だけれど、高崎城でいいかな?」
「うん、高崎城?……そっかここから近いんだ」
正直何でそこをチョイスするんだ?と塚田君に詰め寄りたい気分だった。
去年の六年生は科学館に行ったのに。
高崎城は十何年前に授業で二人で調べて行って発表した場所だったから複雑な気持ちになる。
塚田君は二人で行ったこともう覚えてないのだろうか?
いや寧ろ覚えてて、もう何とも思ってない可能性の方が高い。
意識しすぎでしょ、馬鹿みたい。
この前の塚田君の「俺がいる」発言以降、少し私がおかしくなってきている。
正気に戻らなくてはならない。
さくらちゃんが部屋に来て授業の相談をしている。
彼女によると二年生担任の莉子先生までもが塚田君のことを好きになったそうだ。
「莉子先生が親との付き合いが上手くいかなくて落ち込んでたら、優しく慰められてコロッといっちゃったみたいですよ」
ふとこの間の「俺がいるよ」発言を思い出した。一瞬ときめいてしまったけれど、彼は落ち込んでる人や困った人をほっとけないのだ。
「塚田君らしいね、優しいイケメンは罪だ」
「でも塚田先生の優しい言葉に本当にたまにコロッといってしまいそうな時ないですか?」
何故だかいるやっさんがこの世の終わりみたいな顔をした。
どうやら、さくらちゃんもそうだったらしい。
「あるよ、私は自分で止めてる。正気に戻れって言い聞かせてるから」
智が大笑いした。
「あははっ、塚田さんが姉ちゃんなんか相手にする訳ねーだろ」
腹が立ったので思いっきり蹴飛ばした。
「私は彼氏の顔を思い出します」
そう愛しそうに言うさくらちゃんを見てやっさんがまたこの世の終わりみたいな顔をした。
「彼氏か、いいねぇ」
何故だかもう会うことのないあの人の顔を思い出してしまった。
次の瞬間、私のスマホの受信音が鳴りあの人の顔はどこかに消えてなくなった。
「トーマスだ」と呟くとさくらちゃんは前のめりになり、その他の二人は「トーマス?誰それ?」と爆笑した。
最近、人生で初めてスポーツジムに通い始めた。もちろん一人では勇気が出ないのでさくら先生を誘った。
最初はホットヨガだけ行っていたが、そのうちトレーナーの人に勧められるがまま筋トレマシーンも使うようになった。
家で暗い気持ちで過ごすよりよっぽどいい。痩せられるし健康的だし、暇つぶしになるし。スポーツクラブは凄くいい。
そこで隣の隣の学校でALTをしているカナダ人のトーマスと仲良くなりLINEを交換した。
そのトーマスからメッセージが来て食事に誘われたのだ。
さくら先生は鼻息荒く「行きましょう、外国人とデートするなんて滅多にない機会ですよ」と言い、その他の二人は「何かの詐欺じゃないか」と疑っていた。
確かにカナダ人とデートするなんて滅多にない機会だ。
そしてトーマスと楽しく食事して映画を観て帰ってきた。
でもこれが間違いだった。
デートの翌日、職員室で怒涛のトーマスいじりが始まったのだ。
さくら先生がポロッと漏らしてしまったらしい。彼女は意外と口が軽い。
島田先生が午後七時の職員室で大声で叫ぶ。
「山浦先生、今日はトーマスとデートじゃないんですか?」
「だから、昨日も言ったけれどカナダではこうだとか文化の違いを聞いて勉強になった。でも一回楽しく食事しただけ!付き合うとかまた別な問題でしょ?」
島田先生がまたニヤッと笑った。
「藤籠さんはどうなりましたか?」
「どうもこうも、旅行会社の人でしょ?」
暇を持て余した真里先生が参加してくる。
「でも藤籠さん頻繁に学校来てわかりやすく亜紀先生に話しかけてますよね」
さくら先生が余計な暴露をする。
「藤籠さん、亜紀先生にしょっ中メッセージ送ってきてるんですよ」
「それは言っちゃ駄目でしょ!」
そう大声で叫ぶと塚田君が仕事の手を止めて複雑な表情でこっちを見ている。
修学旅行担当の社員さんと面倒なことならないでくれよと思われていることだろう。
「だから、藤籠さんとどうこうなるのは絶対にない!」
「なんでですか?」
「だから、私は適当に付き合う相手なんかいらない、結婚相手が欲しいんだって」
「藤籠さん優しそうだからいいじゃないですか」
「藤籠さんのお母さんって物凄く強烈な人なの、おまけにお母さんの0.8倍くらい強烈なお姉さんがいて、今度離婚して子連れで家に戻ってくるらしい。……ねぇ?」
そういうと皆んなが笑った。さくら先生がさらに余計なことを暴露する。
「亜紀先生、スポーツジムで違うムキムキの男の人にもLINEのID渡されてましたよね」
「何でそれを言うの!」
そう叫ぶと島田先生が囃し立てる。
「山浦先生モテモテじゃないですか」「すごーい!」
他の若い先生達までもが仕事の手を止めて囃し立ててくる。
「いや確かに最近こういうこと多いかも、人生で一度だけモテ期来るっていうけど、モテ期今来たわ。三人にモテた。あーこれからもモテ期が続いて誰か結婚できる人に出会えますように」
早口でそう捲し立てると島田先生がしつこく聞いてくる。
「その人に連絡したんですか?」
「してない、マッチョ好きじゃないし。その人年齢27だって、弟とその愉快な友人達と被るから年下は無理」
島田先生がまた調子に乗る。
「じゃあ、同い年からはいけますか?」
「そうだね、まだね」
「どんな人がいいんですか?」
「うーん、年収はどうでもいいからちゃんと正社員で働いてて、健康で、優しくて、ギャンブルしなくて、借金癖がなくて、いかがわしい店に出入りしない人」
そのざっくりした条件を聞いて島田先生はこう大声で叫んだ。
「じゃあ塚田先生と付き合うしかないですよ」
「ちょっと!」
そう怒ると島田先生は更に調子づいた。
「塚田先生の何が駄目なんですか!山浦先生の言う条件みんな満たしてますよ」
ここで否定すると塚田君に悪い。
「あぁそうか、そうすればいいんだって塚田君他に付き合ってる人いるでしょうが」
素人の私が無茶苦茶なノリツッコミをすると、また例の二人が席を乱暴に立ってどこかに行ってしまった。
「何であの二人の前でそんなこと言うの!」
島田先生に猛抗議した。
「いやだって、そうすればいいじゃないですか!
島田先生はニヤニヤしながらそう言い放った。この人は二人目も生まれて自分の生活が落ち着き、そういう話題に飢えているのだ。
気まずい空気が私と塚田君に流れる。
「だからさ、塚田君は今付き合ってる人がいて」
そこまで言いかけると塚田君が仕事の話をし、話題を変えた。
「ゴールデンウィーク明けの六年遠足だけれど、高崎城でいいかな?」
「うん、高崎城?……そっかここから近いんだ」
正直何でそこをチョイスするんだ?と塚田君に詰め寄りたい気分だった。
去年の六年生は科学館に行ったのに。
高崎城は十何年前に授業で二人で調べて行って発表した場所だったから複雑な気持ちになる。
塚田君は二人で行ったこともう覚えてないのだろうか?
いや寧ろ覚えてて、もう何とも思ってない可能性の方が高い。
意識しすぎでしょ、馬鹿みたい。
この前の塚田君の「俺がいる」発言以降、少し私がおかしくなってきている。
正気に戻らなくてはならない。