第322話 逃げる男
文字数 1,384文字
「やばい、どうしよう」
重ちゃんが廊下のベンチを指さしたので、おそるおそるそこに座った。右横に重ちゃんが座り左横に健が座った。
「何かやっと持つのに慣れて来た。健、さっきいつもの奴やってくれてありがとう」
「俺もやりながら懐かしいなって思ってたよ。アキと智がつまんない事で喧嘩したら、俺今からアキと色々してくるわって言うと、智馬鹿だからそれは気まずいから止めろって言いながら一緒に部屋に入ってくんの」
「何か言ってるのは知ってたけど、そんな下品なこと言ってたの?」
「言ってた、丸山さんに怒られそうだから、これ以上は言わないけど」
丸山さんは無表情で腕組みしながらこう言った。
「俺は青少年の軽口に怒るほど器狭くない」
口ではそんなこと言ってるけど、絶対怒ってるな。
「もうこんな時間か、稽古があるからもう行くよ。そうだ、俺今度ドラマに出られることになったんだ。バーターだけど」
この業界の先輩である彼が口を開いた。
「最初はみんなバーターだよ、頑張れよ」
「バーターって?」「事務所の売れっ子タレント使わせてやる代わりに新人使ってくれっていうよくある新人の売り出し方だ」
「凄いじゃん健、事務所に一押しされてるんじゃん!ドラマの放送時間わかったら教えて、絶対観るから」
「うん、連絡するから。そう言えば前紹介した子と別れて新しい彼女できたんだ」
「また可愛い子なんでしょ?今度はちゃんと半年経ったら紹介してね」
「わかってるよ」
そう言って目を合わせて笑うと健は何故だか重ちゃんを見た。
「丸山さん、亜紀のことよろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げた。
丸山さんは軽い用事を頼まれたように軽快に「わかったよ」と言った。
健の小さくなっていく背中を見ながら
「余計なことばっかり言って」と呟いた。
病院の廊下は暖房が効いていて暖かい。さらに窓から日差しが降り注ぐ中、赤ちゃんの寝顔を見ていた。
小さくて天使みたいに可愛い。
赤ちゃんの掌にそっと人差し指を当てると赤ちゃんはギュッと握ってくれた。
「見て手握ってくれた、嬉しい」
彼はそんな私を見て微笑んだ。
「亜紀は赤ちゃん欲しいんだろ?」
「欲しいよ、すごく欲しい」
初めて正直に答えた。何だか気まずい気がして
「私こんな職業選ぶくらい子供好きだから」そう付け足して笑った。
「ちゃんと俺に欲しいって直接言ってくれよ、何でも欲しいものあげるっていつも言ってるだろう」
「ものじゃないから、ねだれないでしょ」そう言って笑うと重ちゃんも笑った。
彼は私を真剣な眼差しで見つめた。
「俺は亜紀が望むものはなんだってあげられる。だから昔好きだった男に結婚と子供を餌に釣られてフラフラするな」
私は彼の方を見ずに赤ちゃんを見て答えた。今までの恨みつらみがある。
「フラフラって言うけれど、私はどうしても結婚して子供が産みたかった。それだけは譲れないし、あれだけ結婚しないってネタにされたらいつかは別れて違う人探さなきゃって思うじゃん」
彼は呆れたような表情で私を見た。
「だったら、そういうのはもっと上手くやれ、俺にちゃんと結婚する意思があるのか確認してから、あの男に返事しろ。どっちとも選ばないってそんな馬鹿の極みだろ?」
「そんなことしたらずるいよ。凄くずるい。ちゃんと正しいことだけして生きていきたい。少しもできてないけど」
明るく言ったつもりだったのに、彼は何にも言わず変な間が三秒空いた。
重ちゃんが廊下のベンチを指さしたので、おそるおそるそこに座った。右横に重ちゃんが座り左横に健が座った。
「何かやっと持つのに慣れて来た。健、さっきいつもの奴やってくれてありがとう」
「俺もやりながら懐かしいなって思ってたよ。アキと智がつまんない事で喧嘩したら、俺今からアキと色々してくるわって言うと、智馬鹿だからそれは気まずいから止めろって言いながら一緒に部屋に入ってくんの」
「何か言ってるのは知ってたけど、そんな下品なこと言ってたの?」
「言ってた、丸山さんに怒られそうだから、これ以上は言わないけど」
丸山さんは無表情で腕組みしながらこう言った。
「俺は青少年の軽口に怒るほど器狭くない」
口ではそんなこと言ってるけど、絶対怒ってるな。
「もうこんな時間か、稽古があるからもう行くよ。そうだ、俺今度ドラマに出られることになったんだ。バーターだけど」
この業界の先輩である彼が口を開いた。
「最初はみんなバーターだよ、頑張れよ」
「バーターって?」「事務所の売れっ子タレント使わせてやる代わりに新人使ってくれっていうよくある新人の売り出し方だ」
「凄いじゃん健、事務所に一押しされてるんじゃん!ドラマの放送時間わかったら教えて、絶対観るから」
「うん、連絡するから。そう言えば前紹介した子と別れて新しい彼女できたんだ」
「また可愛い子なんでしょ?今度はちゃんと半年経ったら紹介してね」
「わかってるよ」
そう言って目を合わせて笑うと健は何故だか重ちゃんを見た。
「丸山さん、亜紀のことよろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げた。
丸山さんは軽い用事を頼まれたように軽快に「わかったよ」と言った。
健の小さくなっていく背中を見ながら
「余計なことばっかり言って」と呟いた。
病院の廊下は暖房が効いていて暖かい。さらに窓から日差しが降り注ぐ中、赤ちゃんの寝顔を見ていた。
小さくて天使みたいに可愛い。
赤ちゃんの掌にそっと人差し指を当てると赤ちゃんはギュッと握ってくれた。
「見て手握ってくれた、嬉しい」
彼はそんな私を見て微笑んだ。
「亜紀は赤ちゃん欲しいんだろ?」
「欲しいよ、すごく欲しい」
初めて正直に答えた。何だか気まずい気がして
「私こんな職業選ぶくらい子供好きだから」そう付け足して笑った。
「ちゃんと俺に欲しいって直接言ってくれよ、何でも欲しいものあげるっていつも言ってるだろう」
「ものじゃないから、ねだれないでしょ」そう言って笑うと重ちゃんも笑った。
彼は私を真剣な眼差しで見つめた。
「俺は亜紀が望むものはなんだってあげられる。だから昔好きだった男に結婚と子供を餌に釣られてフラフラするな」
私は彼の方を見ずに赤ちゃんを見て答えた。今までの恨みつらみがある。
「フラフラって言うけれど、私はどうしても結婚して子供が産みたかった。それだけは譲れないし、あれだけ結婚しないってネタにされたらいつかは別れて違う人探さなきゃって思うじゃん」
彼は呆れたような表情で私を見た。
「だったら、そういうのはもっと上手くやれ、俺にちゃんと結婚する意思があるのか確認してから、あの男に返事しろ。どっちとも選ばないってそんな馬鹿の極みだろ?」
「そんなことしたらずるいよ。凄くずるい。ちゃんと正しいことだけして生きていきたい。少しもできてないけど」
明るく言ったつもりだったのに、彼は何にも言わず変な間が三秒空いた。