第113話 勿忘草

文字数 1,475文字

健が赤ちゃんの時に家に来て以来、二十何年間今までずっとお父さんの友達の子だとばかり思っていたから、衝撃が強すぎる。

「本当に知らなかったん?亜紀ちゃんと健くんって似てるよね」

「えっ、そう?似てないでしょ?」

私がそう呟くとしげちゃんが「実は俺、初めて健を見たときから似てると思ってた」と申し訳なさそうに言った。

智も「美子も姉ちゃんと健似てるから俺たちと健は絶対親戚だって言ってたんだよな」と呟いた。

更におばさんが追い討ちをかけてくる。
「だって従兄弟でもなかったら、健君わざわざ亜紀ちゃんの家にいないでしょ?実家結構離れてるのに」

智はその一言に爆笑した。
「言われてみたらそうだよな、俺たち何で気がつかなかったんだろうな、俺たち大馬鹿だな、なぁ姉ちゃん?」

智に大馬鹿仲間認定されて、言い返せないこのつらさ。私はもしかしなくても大馬鹿なのだろう。

「あっ!俺、東京のおばさん思い出した。母ちゃんの葬式の時に東京バナナ貰った、健だけなんかゲームとか服とかお土産沢山貰ってた。イケメンはいいよなって子供心に思ってたんだよ」と智が叫んだ。


どうしてお母さんは健は従兄弟だって言ってくれなかったのか、親戚関係とか村の力関係とかあの東京のおばさんのタブー感から考えると言えなかったのかな。

「そっか……従兄弟だったんだ。私は今までの自分の人生に一ミクロンも後悔はないし、今が一番幸せだから、これでいいと思ってるんだけど」
「だけど?」としげちゃんが聞いた。

「でも従兄弟だってわかってたら世間体とか、みんなの目とかもう少し優しくて、もっと生きやすかったんじゃ」と項垂れた。

血の繋がらない男の子と暮らしてるというだけでどれだけ酷い言葉を投げつけられたことか。

「従兄弟だって言ってたら誰か一人くらいさーっと逃げてかなかったかもな」とわざとらしく言ったので「何でそんな事言うの」と怒ると彼は笑った。

おばさんがしみじみと言った。

「でもあきちゃん良かったね、こんなに素敵な旦那さんもいて、背も高くて俳優さんみたい」

彼が得意気に「おばさんありがとう」と言った。

「いや、結婚してるわけじゃないんだけど」と反論したのだけれども、おばちゃんは聞いちゃいない。

「だってあの時村山さんと結婚するかって話が」

絶対に彼に聞かれたくない話を持ち出された。

「おばちゃん、それ絶対言わないで!」

おばちゃんは天然なのかあんまり人の反応は気にしない。自分が話したい事を話す。

「村山さん去年フィリピンの嫁さんと離婚したんよ、この間亜紀ちゃんテレビに出てるの見たって言ってて、まだ一人なら後妻にって話来たんだけど」

しげちゃんが口を出す。
「結婚してるから無理って村山さんに断っておいて」
智も「俺も村山さんより兄ちゃんの方が好き」と調子づく。

結婚してないでしょ!と突っ込みたかったけれど、村山さんの事をこれ以上突っ込まれたくない。

「あっもう時間だしそろそろ失礼するね」と慌てて荷物を持ち智と彼を促し玄関に出た。

村山さんとは、私が一番困った時に周りの人達が結婚させようとしてきた人だ。さっきの爺ちゃんのお妾さんの話と本質は変わらない。

女が稼ぐのは大変だから男と結婚させて何とか生きていけるようにする。

今の時代は女性も働ける社会で良かった、大変だったけれど不本意な結婚をしなくても済んだし。

そして、こんな戦後の混乱期みたいな話を東京生まれ東京育ちのいいところのぼっちゃんである彼には聞かれたくない。
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