第352話 五月の新緑

文字数 2,658文字

翌朝、目が覚めると色んな人からメッセージが入っていた。智がご丁寧に色んな人に広めて、その人が色んな人にまた広めてくれたようだ。

……手術しないし、明日にはもう退院するんだけどな。何か大騒ぎになっている。



午後二時、やる事もなくスマホをいじっていると塚田君と学校にいる塚田君のファンの人たちが計七人で現れた。勿論その中にさくらちゃんもニコニコ顔で入っている。みんなでお見舞いに来てくれたらしい。

「みんなありがとう」と言うと塚田君が「大丈夫?ごめんもっと少人数で来ようと思ったんだけど」と少し笑顔が引きつっている。

ファンの人たちは一応「山浦先生、早く元気になって下さい」と言ってくれたが、三分後に帰りに誰が塚田君の車に乗るかで揉め出した。

塚田君に「大変だね」と言うと「男だけがいる職場に行きたい」と本音を漏らした。

職場の人達だから無下にもできずに、ましてや本人は女に強く出られない性格だからかわいそうだ、モテる人にはモテる人なりの悩みがある。

塚田君と私がいない月曜の授業の相談をしているとそこに智とやっさんが病室に入ってきた。

智は満面の笑みで手に持っているスーパーの袋を見せた。

「姉ちゃん、部屋から着替え持ってきたぞ」

スーパーの袋は透明に近い半透明で、よりにもよって通販で下着福袋を買った時に入っていたド派手な少しエロい赤い下着が目立つように外側に置いてあった。

……引き出しの奥にしまってあったはずなのに。

私は点滴してるのもすっかり忘れて智を蹴りにかかった。

「何でよりにもよってそれ持ってくるの!おまけに何で透明な袋に入れて持ってくるんだよ!丸見えでしょ?」

塚田君に「落ち着いて点滴挿してるから」と止められた。

「いてててっ、何だよ姉ちゃん。別にいいじゃんか!姉ちゃんのパンツとブラジャーなんか見て嬉しいやついる訳ないだろ?」

「そう言う問題じゃないでしょ?」
「塚田さんもこんなに可愛い子沢山連れてるんだから、姉ちゃんのパンツなんか興味ないって、なぁやっさん」

「俺もお母さんのパンツみるようで、気持ち悪いです」

私は再び立ち上がって智とやっさんを蹴りにかかろうとした所を「点滴が抜けるよ、落ち着いて」と塚田君に止められた。

弟達の余りの無神経っぷりに職場の女の人達はどん引いて無言になってしまった。

どうしようこの空気。

さくらちゃんが気を遣い「長居しても悪いし、みんなもう帰りましょ」と言って学校の関係者全員を連れ出してくれた。

暫く智と喧嘩しているとやっさんが落ち込んでいることに気づいた。

「やっさん、どうしたの?」
「俺、さくらちゃんに一緒に見舞いに行こうってメールしたら大切な用事があるって断られて、おまけに今完全に知らない人のフリされて」

「まぁ仕方ないよね」
女性の下着をスーパーの袋に入れて持ってくる男なんか他人のフリしたい。

「初めて塚田さん見ましたけれど背も高いし、イケメンだし、頭も良くて運動神経もいいんですよね、おまけに女六人連れて歩いてて、男として完全に負けました」

「連れて歩いてるっていうか、ついて回られるの方が正しいと思うよ」

「俺は女について回られたことないのに」
やっさんがまた声を出して泣いてしまった。智と二人で当たり障りのない優しい言葉をかけて慰めていると、美子ちゃんが病室に入ってきた。

「お姉さん大丈夫?ごめんね遅れて、今勇お母さんに預けたから」

美子ちゃんのお母さんが東京から来てくれているようだ。

「あーもう本当ごめんね、そしてありがとう。でも、あの時すぐに緊急外来来てて良かったよ」

暫く盲腸の話をしていると、美子ちゃんが見覚えのあるチーズケーキの箱をテーブルに置いた。
「はいこれお見舞い。ここ置いとくね」

これは確か昔に丸山さんが私に買ってきたチーズケーキと同じやつだった。

「愛を込めてしげちゃんより」と綺麗な字でメッセージがつけられていた。

急に長野のアパートのあの部屋の空気を思い出し切なくなった。

また思い出深い物を見た時に当時の気持ちに戻る現象が出て来てしまった。

もう今更どうしようもないのに。

「ありがとう、美味しそう」と美子ちゃんにお礼を言った。



翌日退院の日、遠藤先生が部屋にやってきた。遠藤先生は担当の科が違うらしく昨日は見かけなかった。

「体調どう?」
「お陰様ですっかり良くなりました」
「昨日メール届かなかったんだけど変えた?」
「心配して下さってありがとうございます。いたずら電話がかかってくるので今年の三月に変えたんですよ」

話の流れで番号やアドレスを交換すると

「今から診察だから行くよ、何かあったら連絡して」と一言添えて行ってしまった。

正直嬉しかった。あの人でも塚田君でもない人を本当に見つけられるかもしれなかったからだ。

これ期待していいのだろうか。

退院する時は仕事が休みのたかちゃんがマンションまで送ってくれるらしく病室まで来てくれた。持つべき者は友達だ。

看護師さんに挨拶をして、たかちゃん自慢のスポーツカーの助手席に乗せてもらうと、颯爽と走り出した。

遠藤さんの話をしているとたかちゃんが深刻な顔になった。どうしたんだろう?

「亜紀、実は好きな人ができちゃって」

「えっ嘘、誰って聞いても知らないかな」
たかちゃんは首を振った、

「知ってる人なの?」
「この間、亜紀の部屋で恋に落ちちゃったの」

嫌な予感がする。

「……もしかして塚田君?」

たかちゃんは恥ずかしそうに頷いた。

思い返せば金曜日にたかちゃんと塚田君とさくらちゃんの四人で私の部屋で食事した。

塚田君のクラスのやんちゃな男子達が私のクラスのスカートを履いて登校している男の子を「キモい」と帰り道に殴ったり蹴ったりしてしまった。

それ自体は本人達も反省して保護者も含めて謝罪し終わっている話なのだが、塚田君は子供達にしっかりと話をしておいた方がいいと思ったようだ。

塚田君が
「六年生全員の前でたかちゃん自身の話をして貰えないかな、俺から直接頼みたい」と言ったので金曜日にたかちゃんを呼び出した。


するとたかちゃんは少しでも理解が広がるならと快諾してくれた。

確かにその時、塚田君は熱心にたかちゃんの話を聞いていた。



「たかちゃんの好きなタイプじゃないでしょ?どこが良かったの?」

「自分でもよくわからないけれど、凄く熱心に理解しようとしてくれてて、気がついたら好きになってたの、仕事帰りに二人で何かする時は誘って」

「そっか、恋って突然始まるもんね」

たかちゃんの告白を聞いてまたショックを受けている自分がいる。

しっかりしろ自分、何があっても塚田君とは付き合えないのだから。



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