第172話 師走の夜

文字数 1,426文字

「さっきはごめん、突然だったから驚いた?」

さっきって、さっきのあの事だよね、何でまた蒸し返すのだろう。ここで動揺している事を悟られてはいけない、大人の女の余裕を見せないといけない。

「ううん、全然」と明るく満面の笑みで答えると彼が数秒黙り込んだ。

もうさっきの事には触れずに違う会話をしたい。なのにそんな私の気持ちなんかつゆ知らず彼はしつこくさっきのことを持ち出してきた。
「亜紀、背中綺麗だね」

彼が一番望んでいないであろう、明るくハキハキ答えた。

「あっ、そう?何でだろう?」

彼はまた数秒黙り込んだけれど、それでもまだ続けようと意地になっている。お互いに我慢比べみたいになったきた。

「脱がせるまで気づかなかったけれど、色白だね」
「ううん、色白じゃなくて元色白だから、こんな仕事してるから一日中外にいることとかあるし、先週なんか土曜日に耕運機で一日中一人で学校の1haある畑耕してたから。ドッドッドって」

両手で耕運機を持つ真似をすると彼が白旗をあげた。

「ちょっと待って、何で普通の会話は出会った女の中で一番上手いのに、何で色気のある会話一番できないの?どんなに気の強い女でも、どんなに色気のない女でも背中綺麗って褒められたら、「ありがとう」か「そんな事ないよだろ?」何で耕運機までドッドッドって出てくんだよ!折角気分良くさせようとほめてんのに、テンションだだ下がりだよ!」

そう怒られて何も言い返せなかった。ここはそう返さなくてはいけなかったらしい。恥ずかし過ぎてそう答えたくなかった。申し訳なくて彼の顔が見れない。

「ごめん」
そう言うと彼は私から視線を逸らして五秒間の沈黙の後にこう言った。

「わかった、じゃあ方向性を変えよう。ちょっとお腹出てない?他が細いから余計に目立つよ」

彼に申し訳ないと思った気持ちは綺麗さっぱり無くなった。

「ひどい!人が最近気にしてることなのに!」
彼は満面の笑みで次の攻撃に出た。
「あのブラジャー何?あんな冴えない奴どこに売ってんの?オゾン?今からジムでも行くの?」

「いいでしょ!どうせ寝るだけだと思ってたんだから!」
「そんな訳ねぇだろ、ここまで愛し合っててこの時間に二人きりだったらすること一つしかないよね?」
彼は呆れたように笑った。

そして得意気に次を探し出した。
「あとは何だろうな」
「まだあるの?」
「うーん、後はないな、肌が白くて綺麗だし胸も俺がちょうど好きな大きさだから全て許そう」と彼は私を揶揄うように言った。

言わないで黙ってればいいのに本当に腹が立つ。
「何様?もうブラジャーもお腹も二度と見せないから!」

そう言っても彼はまだ余裕の表情で「そう残念だな」と笑っている。

「何でそんなに余裕かましてるの?もうキスもしないから!」
「だってさどんなに怒ってても、次二人で会った時に全部脱がして最後までするからな。俺に抱きしめられながら機嫌良く眠る亜紀が容易く想像つくよ。「重ちゃんあったかいね」とか言ってそう」

正直ショックだった。
自分でもその想像が容易く付いたからだ。自分の単細胞ぷりが嫌になる。ベランダの欄干に顔を伏せたけれど、冷た過ぎてまた顔を上げた。

すると彼が慌てて機嫌をとってきた。
「あーもう、ごめんって、そんなに落ち込まないで!ちょっとからかってやろうって思っただけだから、ごめん」

彼は慌てて私の肩を抱き寄せた。
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