第82話 人間って難しいな
文字数 1,553文字
エントランスホールの自動ドアの前で「一般見舞い午後九時まで」と言う看板が私たちを迎える。時計を見るとまだまだ大丈夫そうだ。
「智、ところでおばさんから何号室にいるって聞いた?」
「そう言えば聞いてないや」とエヘヘと笑った。
いつものことすぎて怒る気にもならない。
智と丸山さんに「ちょっとおばさんに電話して病室聞いてくるので、智下ろしてください。腰痛くなっちゃうから」と智を降りさせ、だだっ広い誰もいないエントランスの端で電話をかけた。
おばさんの話はショックな内容だった。
一昨日の夜、おばさんの家に身寄りのない人たちを世話するNPO団体の人から電話があった。
義理の弟である父が末期の膵臓癌で消化器内科に入院していることを伝えられたそうだ
最初は実家の電話が繋がらず父さんは困惑したらしい、どうして今でも私達があそこで暮らし続けていると思ったのだろうか。
私達のしてきた苦労を一つも理解していないのだろう。
お礼を言い電話を切ると思わず涙が出そうになるのを必死で堪えた。
父さんは身寄りのない人なの?
あの女は?
仕事辞めたの?
何で東京にいるの?
わからないことが頭を駆け巡る。
智と丸山さんが会計前の待合のソファに座っている後ろ姿が見える。
智が丸山さんにぴったりくっついて、丸山さんが必死に智に「もっと離れろ」と言っている気がする。
二人の元へ戻ると智が恋人のように丸山さんの腕を組んで寄り添い、丸山さんが諦めた表情でそれを受け入れていた。
「仲良しだね」と言うと「何で亜紀ちゃんがまだしてくれてないこと、こいつにされなきゃいけないの?」と嫌そうに呟いたので「文句言うけど受け入れてくれるんだ」と笑った。
智は心底嬉しそうに「ずっと兄ちゃんが欲しかったんだ」と言い丸山さんの肩に顔を乗せた。
「智、いい加減に丸山さんから離れて、おばさんに電話してくれたの役所じゃなくてNPO法人の人でしょうが」
NPOという言葉に丸山さんが複雑そうな顔をした、文脈から考えるとNPOは父さんにとっていい意味ではないからだろう。
智は空気を読まずに「そのNTTって何?役所じゃないの?」と言った。丸山さんが「電話会社じゃねぇだろ」と言ってみんなで笑った。
比較的ナースステーションに近い3675室の前で丸山さんの背中におぶさったままの智の背中を叩いた。「ここだよ、いい加減降りなさい」智は背中から降りるとその場にへたり込んだ。
「俺、どうしたらいい?十何年かぶりに会って俺殴っちゃうかもしれない。なぁ姉ちゃんどうすればいい?」
子供みたいに目に涙をためる智の肩を抱いた。「大丈夫、全部お姉に任せて、心配することないから」そう言うと智は頷き何とか立った。
病室に入るその前に、絶対に丸山さんにうちのことを聞かれたくなかった。だから少し後ろの方にいた丸山さんに言った。
「本当にありがとうございました。智までおぶって貰っちゃって、多分遅くなるから先に帰ってて下さい」
そう言うと丸山さんは「わかったよ、じゃあ」と笑顔で言った。きっと私の気持ちを察してくれたのだろう。
私は病室に向き直ると大きく息を吸った。智の肩を抱きながら何とか病室に足を踏み入れると部屋は六人部屋のようでベッドは六つあった。
けれども他は空きベッドでそのうちのひとつだけベージュのカーテンが閉まっていた。
一歩一歩近づくと智が突然カーテンを開け「父さん!」と叫んだ。
ベッドには十八年ぶりに会う父が横たわっていた。随分と髪が白くなり痩せたような気がする。もっと背の高い印象があったけれど、こんなに小さかったんだ。
「アキ、智」
父さんはそう言ったっきり何も言わなかった。
「智、ところでおばさんから何号室にいるって聞いた?」
「そう言えば聞いてないや」とエヘヘと笑った。
いつものことすぎて怒る気にもならない。
智と丸山さんに「ちょっとおばさんに電話して病室聞いてくるので、智下ろしてください。腰痛くなっちゃうから」と智を降りさせ、だだっ広い誰もいないエントランスの端で電話をかけた。
おばさんの話はショックな内容だった。
一昨日の夜、おばさんの家に身寄りのない人たちを世話するNPO団体の人から電話があった。
義理の弟である父が末期の膵臓癌で消化器内科に入院していることを伝えられたそうだ
最初は実家の電話が繋がらず父さんは困惑したらしい、どうして今でも私達があそこで暮らし続けていると思ったのだろうか。
私達のしてきた苦労を一つも理解していないのだろう。
お礼を言い電話を切ると思わず涙が出そうになるのを必死で堪えた。
父さんは身寄りのない人なの?
あの女は?
仕事辞めたの?
何で東京にいるの?
わからないことが頭を駆け巡る。
智と丸山さんが会計前の待合のソファに座っている後ろ姿が見える。
智が丸山さんにぴったりくっついて、丸山さんが必死に智に「もっと離れろ」と言っている気がする。
二人の元へ戻ると智が恋人のように丸山さんの腕を組んで寄り添い、丸山さんが諦めた表情でそれを受け入れていた。
「仲良しだね」と言うと「何で亜紀ちゃんがまだしてくれてないこと、こいつにされなきゃいけないの?」と嫌そうに呟いたので「文句言うけど受け入れてくれるんだ」と笑った。
智は心底嬉しそうに「ずっと兄ちゃんが欲しかったんだ」と言い丸山さんの肩に顔を乗せた。
「智、いい加減に丸山さんから離れて、おばさんに電話してくれたの役所じゃなくてNPO法人の人でしょうが」
NPOという言葉に丸山さんが複雑そうな顔をした、文脈から考えるとNPOは父さんにとっていい意味ではないからだろう。
智は空気を読まずに「そのNTTって何?役所じゃないの?」と言った。丸山さんが「電話会社じゃねぇだろ」と言ってみんなで笑った。
比較的ナースステーションに近い3675室の前で丸山さんの背中におぶさったままの智の背中を叩いた。「ここだよ、いい加減降りなさい」智は背中から降りるとその場にへたり込んだ。
「俺、どうしたらいい?十何年かぶりに会って俺殴っちゃうかもしれない。なぁ姉ちゃんどうすればいい?」
子供みたいに目に涙をためる智の肩を抱いた。「大丈夫、全部お姉に任せて、心配することないから」そう言うと智は頷き何とか立った。
病室に入るその前に、絶対に丸山さんにうちのことを聞かれたくなかった。だから少し後ろの方にいた丸山さんに言った。
「本当にありがとうございました。智までおぶって貰っちゃって、多分遅くなるから先に帰ってて下さい」
そう言うと丸山さんは「わかったよ、じゃあ」と笑顔で言った。きっと私の気持ちを察してくれたのだろう。
私は病室に向き直ると大きく息を吸った。智の肩を抱きながら何とか病室に足を踏み入れると部屋は六人部屋のようでベッドは六つあった。
けれども他は空きベッドでそのうちのひとつだけベージュのカーテンが閉まっていた。
一歩一歩近づくと智が突然カーテンを開け「父さん!」と叫んだ。
ベッドには十八年ぶりに会う父が横たわっていた。随分と髪が白くなり痩せたような気がする。もっと背の高い印象があったけれど、こんなに小さかったんだ。
「アキ、智」
父さんはそう言ったっきり何も言わなかった。