第258話 深夜の訪問者

文字数 1,257文字

結局いつものように彼の部屋のベランダに居る。夜景を眺めながら自分はこれからどうするべきなのかを考えていた。

別に自分のことなんて彼がそれで納得してくれるんならどれだけ話してもいい、けれど彼の昔の彼女の話を今まで通り聞かないフリをするのか、聞いた方がいいのか、聞くとしてもちゃんと話してくれるのかわからなかったのだ。

大きな溜息をつくけれど息は白く凍らない、一月だというのに東京の夜は暖かい。


後ろで窓がガラッと開く音がして彼がビールを2缶持ってきたと思ったら、それをベランダにある机に置くとまたすぐに中に入っていった。

五秒後、彼はお母さんが忘れていったスカーフをイスラム教の女性のように顔に巻き、お母さんが買ってきた高そうなメロンを手にし登場した。

「お姉さん、お悩みのようですね。私は占い師の重子ですよ。何なりと話してご覧なさい」

面白くなさすぎてびっくりした。
この人笑いのプロなんだよね?

「何してるの?」
と繰り返し聞いても「私は占い師の重子よ、悩んでること話して」とそのキャラ設定を捨てる様子はなかった。だから仕方なしに乗ることにした。

「じゃあ重子さん聞いてくれる?私好きな人がいるんです、その人の昔好きだった人の話をちゃんと聞いた方がいいのか、それともそのまま有耶無耶にした方がいいのかわからないんです。聞いてもちゃんと話してくれるかわからないけど」

若干キャラを忘れた重子さんは「何でそんな事で迷うの?」と言った。

「ちゃんと聞いたら傷つく事もあるかもしれないけどスッキリするかな、有耶無耶にしたら傷つくことはないし、それはそれで楽しくやれるかな、家族だったら前者で友達だったら後者でしょ?でも彼は友達ではないけれど、家族でもないし」

「よしっ、じゃあ占ってあげるわね。ツクマクマヤコンテクマクマヤコンどっちがいい?」

彼はメロンを水晶に見立て占い始めた。本当に全てが面白くなくてびっくりする。

「占い結果が出たわ、ちゃんと聞いた方がいいわよ、友達じゃなくて深く付き合っていく自分の恋人なんだから」
「……そうか、やっぱりちゃんと聞いた方がいいんだ。今まで気になってはいたんだけれど、臭い物に蓋をしてきたんだよね」

重子さんはまたキャラ設定を忘れメロンを机に置いた。
「だから、何でもかんでも思い詰めて一人で溜め込むなっていつも言ってるだろ?その場で口にすればいいのに、しないから今日みたいにある日突然溜まりに溜まった物の導火線に火がつく」

「……そうだよね」
彼の言うことが正論すぎて、それ以外何にも口から出て来なかった。何でも自分の中で溜め込む、私の悪いところだ。

「まぁ今回灯油を山程撒いて放火した愉快犯は俺の母親だけれど」
彼は苦々しい顔で笑った。

「俺は亜紀に出会うまで、美咲の話を口にすることはないだろうと思ってずっと生きてきた、でも今ちゃんと話さなくてはならないと覚悟を決めてここにいる」

「……重子さんキャラ設定忘れてるよ」
そう呟いて彼が持ってきた缶ビールを開けて一口飲んだ。不安だけれどやっぱり私は聞かなくてはならないようだ。
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