第251話 深夜の訪問者

文字数 1,583文字

「ちょっと四日ほどグレて大学行かないって騒いだことがあって」
「なにそれ、俺聞いてないんだけど」
案の定、彼が怒り出した。彼は恋人の全てを知っていないと気が済まないタイプだ。

「夏休み明けに全ての緊張の糸が切れたんだよ、大学行きたくない、もう辞めるって駄々こねた」
「何だよそれ」と彼は私を見て優しく笑った。

先生も懐かしそうに思い出したようだ。
「あの時は俺が何言っても、「もう疲れたんです」しか言わなかったから、ちょうど出張だったし夏海に任せてみようと思ったんだよ」

「今思うと本当に恥ずかしい、先生本当に申し訳ありませんでした。先生の家に泊まって夏海さんに話聞いて貰って、夏海さんと亮磨君と一緒に寝たら何かすっきりして」

「ちょっと待って何で亮磨と一緒に寝たの?男と一緒に寝るなんてあり得ないだろ?」
私は最近良く見かけるが、弟の狂気に満ちた理不尽な嫉妬に狂う姿を見たことないであろう先生は唖然としてこう言った。
「亮磨は当時1歳とかだろ?重明頭おかしいこと言うな」
「そうだ、そうだ、頭おかしいこと言うな。その主張に一万歩譲ったとしてもその当時付き合ってないから別にいいでしょう?」
「時間なんか関係ない、亜紀と一緒に寝ていいのは俺だけ」

「先生、このおじさん変なんです」「その誘い受けには乗らないからな」
「整体行くな、男の美容師の所行くな、一年生でも男と手繋ぐなとか」
「当然だろ?何で自分の女他人に触らせなくちゃいけないの?血の繋がりのない男と一緒に寝るの駄目だろ?」

暫く唖然としていた先生は一言こう言った。
「亮磨は重明と血の繋がりあるだろ?」
「あっそうか、じゃあ仕方ないかなって思える訳ないだろ!俺とあっても駄目なんだよ!許せねぇから、亜紀が人生の中で一緒に寝てもいい男は俺か智か健か父親だけだからな」
「あーもうはいはい」
私が呆れ返ってそう言うと先生が「そんな事気にするやつだったかな」と呟いた。 

先生が大きな溜息を一つ吐いた。
「おかしい奴ほっとこう、山浦さんそう言えば先月メール貰ったけれど、お父さんと最後に会えたんだってね」
「何で勝手に兄ちゃんにメールしてんだよ!」
彼は相変わらず狂気に満ちた理不尽な嫉妬を展開する。
「喪中葉書送る前に世話になった人にメールしとけって言ったの自分でしょ?」
そう言うと彼は「そうか俺だった」と納得した。
おかしい人はほっといて先生の方を向いて事情を話し始めた。

「お父さん、最後は東京にいたんですよ。一緒に逃げた女にはお金が無くなった後捨てられてここ数年は身寄りのない人を世話してるNPO法人の方に世話になってたみたいなんです」

先生は複雑そうな表情で頷いた。
「そうか、お父さんによく会ったね」
「私も最初会わないでおこうと思ったんですけど、重明さんに背中押してもらって」
彼が恥ずかしそうに言った。
「急にさん付けで呼ぶな」

「重明もよくそこで会えって言ったな」
「俺はどんな父親でも生きてるうちに会った方がいいと思ったんだよ、俺は意地張って会わなかったからずっと後悔している」

先生は目を細めて彼を見た。
「後悔してたなんて知らなかったよ、兄弟なのに重明と話さなすぎだな」と言ったきり悲しそうな顔で何も言わなかった。

私の家は誰が見ても滅茶苦茶だけれども、智と健は喧嘩しながらも仲良くやっている。そこだけは良かった。お手伝いさんがいるような立派な家庭でも完璧に上手くいくなんてことはなくそれぞれの悩みがあるようだ。

この空気に耐えられなくなり彼は口を開いた。
「だから亜紀も会った方がいいなって思った」
「……うん、本当に会って良かったです、お陰で何の後悔もないし、まだ恨みは残ってるから供養も全部本家のおばさんに任せちゃってますけど、だから重明さんには感謝してます」

そう言うと「そのちゃんとした呼び方やめろ、恥ずかしいだろ」と照れたように呟いたので思わず笑みが溢れた。

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