第405話 自分で選んで

文字数 1,150文字

 先日、家賃を振り込みに行く途中、携帯電話が鳴った。出ると、去年九州工場へ自ら志願して行ってしまった上司の友人。上司といっても、ぼくより3歳位下だったはずだ。もう6、7年のつきあいになる。
「かめさんも来て下さいよ、九州。小牧空港から出る飛行機なら、ぼくの家から車で15分位で迎えに行けますし。」
 片道2万ほどだそうだが、かなり早めに予約すれば、相当に安くなるようである。正月あたり、行きたいなぁと思うが、どうなることやら。

 彼、Kさんとは、ぼくがまだ寮に住んでいた頃、毎日のように寮内にあるスナックで飲んだくれていた。お酒の滅法強いKさんは、翌日もケロッと出社してきたが、ぼくは朝から胃腸薬を飲み、ロッカーの前で気持ち悪くなってよく固まっていた。もう、動けなくなっていたのだ。事情を知るY君が、ぼくの横で着替えながら笑っていた。それでも、仕事はできたけれど…。

 九州にが、この会社の下請けであるとは、知らなかった。
「9月から残業が1時間半~2時間ですね、毎日。」Kさんが言う。ぼくの職場も9月からは毎日45分~1時間の残業である。「元請けが1時間残業したら、ぼくらは2時間やらないと…」

「まぁでも面白いですよ。けっこう好きなようにできますから。」だが、Kさんが「品質面で、その作業のやり方はおかしい」ということをOld menに言っても、「若造が、何言うか」みたいな感じで、あまりよろしくない作業性もまかり通っているらしい。ぼくの職場と同じである。
「来週、出張で豊田市と浜松のほうにも行くかもしれないんで、飲みませんか?」
 うん、飲みましょう。

 Kさんが元気そうなのが、何よりである。九州トヨタに行かず、そのまま豊田市の本社地区に勤めていたら、Kさんはそんな多くの残業をすることもなく、他の多くの職制と同じように(ほんとうにこの会社には多くの役職者がいるのだ)仲良しクラブの中で一種の安定性をもった時間を費やしていたかもしれない。
 アパートも、豊田市では2DKだったのが、ワンルームだそうである。給料面のことは訊かなかったが、もしかしたら安くなっているのだろうか。
 だが、肝心なのは、Kさん自身が、自分からすすんで九州に行く選択をしたということである。残業が多いことも、Kさんの選んだこと、アパートが小さくなったこと、給料が少なくなったとしても、それもKさんの選んだことなのだ。九州が、Kさんの出身の地であることも、動機になっていたかもしれない。

「じゃ、これから家賃振込みに行かなきゃならないんで。」
「ぼくはこれからひとりで飲みに行ってきます。」
 ゆっくり話したいですね、とお互い笑って電話を切る。今月も金欠が続きそうだ。
 何にせよ、自分で選んで、生きていくということが、肝要であると思えてならない。
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