第699話 原発、ほんとに危ないんだよ

文字数 817文字

 国はバンバンつくってきたけれど、これ、とんでもないことなんだよな。
 その燃料は、いつだって、あの「核」、広島、長崎に投下された、あの核爆弾になり得るんだよ。

「原発つくります。」
 国は、原発を建てる地域に住む人達には、もちろん「安全性」を強調し、同意を求めたものだろう。お金も、払われたかもしれない。
 しかしだ、その地域に限った問題じゃ、ないんだよ。

 人間がつくるもの、ミスはあるだろう。事故もあるだろう。天災で、壊滅することもあるだろう。
 あんな遠い場所で起こったことだから、と、思いきや、ちゃんと放射能は空気になり、風になり、海に流れる。ちゃんと、繋がってんだ。

 そもそも、被爆した国が、その被爆の燃料を保有していること自体、何なんだ。

 国は、「電力、足りないので、原発、つくろうかと思います。その燃料、ウラン、○×▽□、含みます。いいですかね、つくって。」
 国民に、せめて、問うべきだった。

 識者や、もう亡くなってしまった高木仁三郎さんあたりが、「それはいつでも核ミサイルをつくれる燃料になりますね」と指摘しただろう。
 テレビがあるんだから、国は、そのくらいの説明なり討論なりを、ゴールデンタイムに、民に見せることはできただろう。

 民に、「考えさせる」機会を、国は放棄してきた。そのほうが、都合よかったんだろうけどさ。

 戦争を知る人、あの時広島長崎にいた人たちは、「そんなものは、つくってはいけない」とし、子どもらにその惨状をいい、電気が足りないなら生活レベルを落としてでも電気をこれ以上使わぬよう、とにかくあの爆弾の燃料があるのは恐ろしいことだ、と説いただろうか。

 個人が生きる上での、「かも」「たら」は、ほとんど意味がないけれど、これからも「人」、緑やら自然みたいなものが生きていくということを考えれば、あの時自分の世代で止められなかった過失なり、間違っていたことは、正当化することなく、言葉にしていきたい気が、とてもする。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み