第309話 おしゃべりなフク

文字数 1,384文字

 飼い主がよく話しかけるせいか、フクもよくしゃべる。
「お腹すいたの?」と訊くと、ペロッと舌なめずりして、
「ご飯?」と訊くと、「ニャぁ~ぁ」と答える。

 こっちが何も言わなくても、ニャアニャア言ってる時がある。
 何を訴えているんだ、とフクのいる所へ行くと、ただ横になって壁にもたれている。ただ独り言を言っているだけなのだ。

 もう1匹猫を飼って、遊び相手ができれば、フクも退屈しないかなと思う時がある。
 フク、友達ほしい?と訊く。
「友達」という単語を知らないらしく、無言のフク。まばたきをして、耳を後ろに向けている。

 1年半前、去勢手術をするまで、フクの声は大きかった。夜中に大きな声でニャアニャア言われると、近所迷惑だし、さすがに怒った。だが、フク自身も、何か言わずにはおれなかった。訴えざるをえない何かがあった。鳴いてはいけない、とフク自身も(たぶん)分かっていながら、ニャアニャアニャアニャア言い続けていた。
 猫ベッドの敷毛布で叩くマネをすると、おとなしくなった。(実際には叩いたりなんかしませんよ)
 フクもくるしいのだろう、と思うと、せつなくなった。さらに怒ると、こっちも悲しくなった。
 で、去勢手術に踏み切った。できれば、ナチュラルでワイルドに育てたかった。

 手術後も、数ヵ月間はたまに大きな声で鳴いていたけれど、以前ほど切羽詰った声ではなくて、ただ声帯の強さから来るというふうな声だった。しかし、当時から、ほんとうによくしゃべる猫だった。
 寝室の電灯を消すと、ウロウロしながら、『なんで寝るんだよ、なんで寝るんだよ』
 トイレに入ると、ドアの前に座って、『早く出てきてよ、早く出てきてよ』

 今もよくしゃべるのだが、2歳半近くになってオトナになったのか、控えめに「ニャア」を言うようになった。
 寝室を暗くすると、『え~、寝ちゃうのぉ~。淋しいなぁ…』という感じの、甘えた、わざとのような、かぼそい声。
 パソコンをしていると、『ねぇ、退屈なんだけど…』という感じで、耳障りでなくニャアを言うのだけど、目はしっかり期待感に満ち満ちている。
 今はトイレに入っても、何も言わなくなった。

 なんとなく遠慮がちに「ニャア」を言われると、よしよし、でももう寝ようね、と身体を撫でたり、少しだけ遊んであげちゃったりする。
 これはフクなりに身につけた、一種の処世術なのではないか、と勘繰ったりする。
『こいつには、こういう言い方をすれば、やさしくしてもらえる』とでもいうような、鳴き方のコツみたいなものを、フクは会得したのではないか?と。(実際はそんなことなくて、まっすぐに育ってくれたから、ただフクはフクとしてそこにいるのだ、と思っているけど)
 けなげに、控えめに、可愛らしく、『ニャア』を言われると、ぼくはフクの願望が満たされるように、オモチャを持ち出したりご飯を用意してしまう。

 それにしても、フクの言いたいことは大体分かるつもりなのだが、フクが壁にもたれたり椅子の上にまるまって寝ようとする時の、独り言の『ニャア』の意味だけは分からない。

 考えてみれば、ぼくもたまに小さく独り言を言う。ぼくの独り言にも、べつに意味なんかないんだろうな、と思ったら、フクの独り言にも納得できた。
 でも、フクの独り言の内容を知りたい。もっとつきあっていったら、分かるようになるかナ、と思っているが。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み