第692話 今夜は

文字数 575文字

 タバコを昼のうちに2箱買っておいたので、深夜にあのコンビニに行くこともない、と思っていた。
 確かにタバコはあと半箱あり、それを吸える自分の身体もあり、台風が来ていても、吸える空気があり、こうしてパソコンに向かえている。

 しかし、酒を飲みたくなったのである。
 大きなペットボトル状のものに入っていた焼酎は、既にない。酸化していたようなワインもない。

「飲んじまったんだね! 飲んじまったんだね!」
 ドストエフスキーの「罪と罰」で、マルメラードフが妻君から叱責される場面が思い浮かんだ。
 私の中のマルメラードフの妻君が、「飲んじまったんだね! 飲んじまったんだね!」と言っている。
 私ゃ、マルメラードフか、と思う。
 マルメラードフは、馬車に轢かれて死んでいる。

 しかし、愛知県、豊橋市に住むこのマルメラードフは、コンビニに酒を買いに行かない。アイスコーヒーをつくり、ユーミンを聴きながら、パソコンに向かっている。
 ないものは、ないのだ。

 外は静か、雨の音も、風の音もない。国道を走る車の音だけが聞こえる。台風はどこへ行ったのだろう?

 やはりユーミンは初期がいい、と思いながら、これから寝床へ向かう。
 大の字になって寝ているであろう家人の、足に触れて、起こすまい、と注意を払いながら、自分の就寝場所を確保しよう。

 眠れるかな?
 風が出てきた、音が聞こえる。
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