第476話 お酒の記憶

文字数 1,705文字

 お酒は、控えめにしよう、というような記事を、だいぶ前に書いた記憶がある。
 だが、その翌日だか翌々日だかに、「はい、焼酎です。」と、箱に入った立派な米焼酎を、職場のHさんから頂いたのである。
 青森に郷里をもつHさんは、「にんにくせんべい・唐辛子入り」もお土産に買ってきてくれた。意に反して、おとなしい味だったが、どちらも美味しく頂いた。ありがとうございました。

 お盆休み明けには、鹿児島を郷里にもつMさんから芋焼酎を頂いた。このことは、記事に書いた。
 そして今日、やはりMさんから、鈴鹿サーキットでF1を観てきたお土産に、今度は日本酒を頂いた。「鈴鹿おろし」という日本酒である。高そうなモノで、申し訳ない。「本醸造」と書いてあるから、よくわからないけれど、いいお酒なのだと思う。頂きっぱなしで恐縮している。
 今、お返しを考え中。

 しかし、日本酒というのは、ぼくにとって危険な飲み物なのである。
 記憶をなくすのだ。
 まだ会社の寮にいた頃、寮内にあるスナックで(夫婦だけで経営していた。オネーチャンとかはいません)、気の合う人たち、3、4人で、たまに飲んでいた。
「剣菱」という、どこにでもある日本酒の熱燗を、その日はどういうわけか、ぼくは水のように飲んでいた。誰かの送別会だったと思う。
 で、そのささやかな飲み会が終わって、寮の階段を上り、その誰かと一緒にトイレで小便をして、同じ階にあったそれぞれの部屋へ戻っていったのだ。
 そこまでは、覚えている。

 だが、その翌朝、ぼくはどうやって仕事場へ行き、どうやって仕事をしていたのか、覚えていないのだ。恐ろしいことである。
 だが、職場の人に聞けば、ぼくは「ロッカーでいつもと同じようにおはようございますを言い」、「普通に着替えて」、「普通に話をして」いたらしいのだ。
 そしてぼくは、熱いお茶を、寮の部屋でつくって、水筒に入れて、持参してさえいたのであった。いつのまにぼくはお茶をつくり、水筒に入れたのか、まったく覚えていないのに。

 また別の日に、やはり同じそのスナックで、同じ「剣菱」の熱燗を何合か飲み、約30分間、記憶をなくした、という記憶がある。
 やはり3人くらいで飲んでいて、もうクライマックス~お開き、というその流れの中でのラスト30分間の記憶が、失われている。なぜ「30分」なのかといえば、そのスナックで最後に時計を見たことを覚えているからである。それから30分後に、スナックは閉店時間であったのだ。
 ほかの人たちは別の寮で、ぼくの住んでいた寮のスナックで飲んでいたので、玄関先にぼくは彼らを見送りに行ったらしい。
「えっ、覚えてないんですか。」
 翌日、職場で彼らと会い、自分は何か妙なことでも仕出かしていないかと不安になり、ぼくは訊いた。
「いやー、フツーでしたよ。そりゃ酔ってはいましたけど、フツーの、明るい酔っ払いでしたよ。」
 ホッとしたことを覚えている。

 ウイスキーでは、記憶は失われない。ただ、吐く。元来、お酒にそんな強いほうではないようなのだ。
 ほんとうにお酒の強い人は、ほんとにいくらでも飲み続けられるような、圧倒的な威厳のようなものをもっている。ぼくは、そういう人を、何人か知っている。
 同じ量を飲んで、こちらはもう死に体になっているのに、彼らは一向に、「まだまだだよ、かめちゃん、しょーがないなぁ、もう」というような「気」で、ぼくを、たしなめることが可能な体力を維持し続けているのである。
 しかも、そのうちの1人は、「どんなに飲んでも、吐いたこと、一度もないんですよ」と平気な顔で言っている。医者に診せれば、肝臓などの臓器、すこぶるきれいなのだそうである。

 日本酒は記憶を飛ばし、ウイスキーは嘔吐の痛苦が、ぼくには待ち受けている。
 だからもっぱら、ビールか、焼酎のライム割りかシークヮーサー(沖縄産限定)割りである。ワインとシャンペンも好きである。
 居酒屋なんかでは、生中5、6杯が、いい頃加減かなぁという感じ。

 お酒に、強くなりたいと思っていたが、ぼくは、弱いと思う。
 弱いことを知ること。オトナになったなぁ、なんて思ったりしている晩秋である。
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