第456話 ふむ。Ⅱ

文字数 1,600文字

「さて、こないだの続きだけどもさ。」
「またやるのか。もういいではないか。」
「やっぱり女だからどうの、男だからどうの、というのは、考え方として、よくないよ。」
「なんで。」
「何でも、そのせいにできてしまう。私は女だから…、オレは男だから…、そういう物言いは、何かマットウなことを言っているように聞こえるが、全然、何も言っていないのだ。
たとえば君が人を殺したとしよう。殺したのは君であり、男ではない。」

「なんだって?」
「つまり君という君が殺したのであって、男という君が殺したのではない。君は男であるけれども、男が殺したのではなく、君が殺したのだ。」

「物騒なたとえだな。それに、恋愛と関係ないよ。うん、まぁいいや、そうしたとしよう。」
「そのとき、殺人の理由に、「自分は男だから殺した」と、君は言えないだろう。」
「そりゃ、まぁね。」

「ところが、私は女だからどうのこうの、という発想、俺は男だからどうのこうの、という発想からうまれるものは、その殺人理由と同じで、自分のことを何も述べていないのだ。責任転嫁、ていのいい逃げ口上なのだ。」
「うーん、よくわからないけど、何の責任を転嫁して、何から逃げての口上なのかな。」

「女/男というのは、まわりが決めたものだよね。君は、そのまわりの決めた枠の中に自分を放り込んで、そこから何か述べたとしても、それはやはり自己欺瞞だと思わないかね。君というものは、君から始まったのであって、女/男という性差から始まってはいないのだよね。性に拘泥するところから始まる発想、考え方は、つまり、借り物なのだ。自分が自分であるところからの責任転嫁、都合のいい逃げ口上としての性差なのだ。」

「でも、オレは男だし、彼女は女だ。これは事実だ、どうしようもないぜ。」
「そう、それは事実だ。だが、その事実は、事実でしかないのだ。そんなことは、君がオギャアと産まれて、出生届を君の親が役所に出した時、とっくに決まっているのだ。君は、君の人生を生きているのに、そんなものにとらわれて生きても、しょうがないじゃないか。」

「何が言いたいのかな。」
「形にとらわれたところから自分について考え、そこから生きていくということは、気の毒なエネルギーの使い方だということだ。それは、いろんな不幸に連鎖する。仮に君が結婚したとして、一定の高収入があり、美人コンテストで1位の妻を得、テストでいつも100点を取る子をもち、それを「素晴らしい」家庭、それこそが「素晴らしい家庭」だと君が思ったとしよう。君が求めていた形だとしよう。それを目標に生きてきたとしよう。
しかし、それは非常にモロく崩壊するよ。なぜなら、君が求めていたのは、カネであり、ビジンであり、テストであったからだ。それらは押し並べて相対的なものでしかない。君は、普遍的であるところの「自己」を、薄っぺらな形へ放擲することに、精力を費やし、命を削った。」

「目標の形へ向かって努力することを、否定するの?」
「最初は、それでいいだろ、もちろん。しかし、途中で気づけよ、ということだよ。その目的をもった自分は何なのか。その自分とは何なのか。そこから考えて、生きろと。」

「何のために、そんなこと言うのさ。」
「ぼくは、信用のおける人間と出会いたいのだ。そんな、形から始まって形を求め、形を信じる人間を、信じられると思うかい。」

「きみは、信用されているのかい?」
「知らない。ただ、ぼくは、ぼくという人間が、こういうことを言っている。ぼくの言葉は、ぼく自身なのだ。まぁ、今の世の中ってのは、嘘が嘘として平気でまかり通るようだから、ぼくという人間が信じられることも、稀有かもしれんがね。」

「おっ、急に自信家。きみも、お気の毒さまだね。で、恋愛はどうした。」
「何が気の毒なもんか、ぼくが、ぼくであることに。恋愛? ああ、また今度だ。」
「やれやれ…。そのうち、総スカン食うよ、きみ。」
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