第524話 浮く人
文字数 1,526文字
大体、みんな真面目だなぁと思うのだ。
1日、8時間くらい、ずーっと黙々と、ほとんど何もしゃべらず、来るエンジン来るエンジンに部品をくっつけて、ライン作業をし続けているのだ。
よく頭がおかしくならないとさえ思うのだ。
かく云うぼくは、もう10年近くこの仕事をやっているのだが、もともとおかしな頭をもっているから、勤まっているのかもしれない。
それにしても、ほんとにみんなよくやっている。うちの組(職場)、総勢20人くらい。
この工場だけで、1万人以上の従業員がいるのだ。だいたいライン作業なんて、どの部署も似たりよったりである。
異国のひとが来たら、うちのそばのホテルかなんかに泊まってもらって、知立名物の「あんまき」を食べてもらおう、地獄ラーメンを食べてもらおう、伊良湖の漁港の朝市にも行けたらいい、などと妄想しながら作業しても、8時間はもたない。
で、ぷらぷらとライン外の上司がぼくのそばに来たりすると、ぼくは話しかける。向こうから話しかけてくることもある。
「みんな、よく動いてますね」
「そりゃ仕事やもん」
「動いてない人、見たいッス」
「ん?」
「だってみんな働いてるんスもん。ボーッとしてる人とか寝てる人、いない…」
「テストベンチの休憩所、いつもヒマそーに何人かくっちゃべっとるぞ。見ると、腹立つ」
「いーじゃないですか、みんな真面目に働いてたら、ぼく、イヤになっちゃいますよ」
「変わっとるねぇ」
しかし、かく云うぼくも、一応、まじめに働いてはいるのだが。
で、そんな会話を、大体笑って終わる会話をすると、なんとなくぼくは「浮く」のである。なぜか。みんな、黙々と働いているから。
ぼくの笑い声はけっこう大きい。それも「浮く」要因である。
上司と仲良くやる要領のいいヤツ、とでも思ってる人もいるだろう。
ぼくはただ耐えられないのだ、笑いもしない職場が。
仲良くなったけど期間満了で会社を辞めて、ワンちゃんのお洋服を作っている友達も、ぼくより大きな笑い声を放つ人だった。くしゃみも大きかった。
彼に、「なんかオレ浮いてる気がする。ほんとにオレ嬉しそうに笑ってるみたいなんだ。すると、ウソ笑いして、我慢してる人から見たら、『なんだ、あいつ』って、ハナにつくんじゃないかな」と言ったことがある。
彼はちょっと考えた後、「でも、いいんじゃない? そのままでいいよ」
で、ぼくはそのままにしている。
笑いも禁じられるなんて、発狂してしまう。
しかしやはり、浮いてる人は、浮いてしまうものらしい。彼がそうだったし(わざと浮くのではなく、内面からどうしようもないものが沸いてしてまう『浮き』なのだが、それは表情なり雰囲気なりに、隠されず出てしまうものらしい)それを見て、どう感じるかは、まわりの人の黄金権だし、ぼくは無力でしかない。
なんとなく、「大きな笑い声禁止令・作業中のおしゃべり禁止令」が発令されそうな気配が、感じられなくもない。
とりわけうちの組のボスは真面目を鎧にして皮膚と同化させているような人だから、ちょっと困る。
「みんな優秀、イカンです」「遊び心、持たないとね」と、ラインが流れる前によく話をする隣りの工程のナカノさんが爽やかな笑顔でぼくに言う。ぼくは救われる思いがする。
そのナカノさんは、ここしばらく風邪気味である。
「遊びすぎかな。本気で治そうかな」などと言って、やはり爽やかな笑顔。はやく良くなってほしいと思う。
ともあれ、つくづく、みんなよくやっている。
形而上でぼくは関節技か寝技をかけられてる。「ギブアップ?」とレフリーが訊く。
「ノー!」ぼくは首を振り続ける。
なんだか悪役のプロレスラーになってる気がする、今日この頃の職場の自分である。
1日、8時間くらい、ずーっと黙々と、ほとんど何もしゃべらず、来るエンジン来るエンジンに部品をくっつけて、ライン作業をし続けているのだ。
よく頭がおかしくならないとさえ思うのだ。
かく云うぼくは、もう10年近くこの仕事をやっているのだが、もともとおかしな頭をもっているから、勤まっているのかもしれない。
それにしても、ほんとにみんなよくやっている。うちの組(職場)、総勢20人くらい。
この工場だけで、1万人以上の従業員がいるのだ。だいたいライン作業なんて、どの部署も似たりよったりである。
異国のひとが来たら、うちのそばのホテルかなんかに泊まってもらって、知立名物の「あんまき」を食べてもらおう、地獄ラーメンを食べてもらおう、伊良湖の漁港の朝市にも行けたらいい、などと妄想しながら作業しても、8時間はもたない。
で、ぷらぷらとライン外の上司がぼくのそばに来たりすると、ぼくは話しかける。向こうから話しかけてくることもある。
「みんな、よく動いてますね」
「そりゃ仕事やもん」
「動いてない人、見たいッス」
「ん?」
「だってみんな働いてるんスもん。ボーッとしてる人とか寝てる人、いない…」
「テストベンチの休憩所、いつもヒマそーに何人かくっちゃべっとるぞ。見ると、腹立つ」
「いーじゃないですか、みんな真面目に働いてたら、ぼく、イヤになっちゃいますよ」
「変わっとるねぇ」
しかし、かく云うぼくも、一応、まじめに働いてはいるのだが。
で、そんな会話を、大体笑って終わる会話をすると、なんとなくぼくは「浮く」のである。なぜか。みんな、黙々と働いているから。
ぼくの笑い声はけっこう大きい。それも「浮く」要因である。
上司と仲良くやる要領のいいヤツ、とでも思ってる人もいるだろう。
ぼくはただ耐えられないのだ、笑いもしない職場が。
仲良くなったけど期間満了で会社を辞めて、ワンちゃんのお洋服を作っている友達も、ぼくより大きな笑い声を放つ人だった。くしゃみも大きかった。
彼に、「なんかオレ浮いてる気がする。ほんとにオレ嬉しそうに笑ってるみたいなんだ。すると、ウソ笑いして、我慢してる人から見たら、『なんだ、あいつ』って、ハナにつくんじゃないかな」と言ったことがある。
彼はちょっと考えた後、「でも、いいんじゃない? そのままでいいよ」
で、ぼくはそのままにしている。
笑いも禁じられるなんて、発狂してしまう。
しかしやはり、浮いてる人は、浮いてしまうものらしい。彼がそうだったし(わざと浮くのではなく、内面からどうしようもないものが沸いてしてまう『浮き』なのだが、それは表情なり雰囲気なりに、隠されず出てしまうものらしい)それを見て、どう感じるかは、まわりの人の黄金権だし、ぼくは無力でしかない。
なんとなく、「大きな笑い声禁止令・作業中のおしゃべり禁止令」が発令されそうな気配が、感じられなくもない。
とりわけうちの組のボスは真面目を鎧にして皮膚と同化させているような人だから、ちょっと困る。
「みんな優秀、イカンです」「遊び心、持たないとね」と、ラインが流れる前によく話をする隣りの工程のナカノさんが爽やかな笑顔でぼくに言う。ぼくは救われる思いがする。
そのナカノさんは、ここしばらく風邪気味である。
「遊びすぎかな。本気で治そうかな」などと言って、やはり爽やかな笑顔。はやく良くなってほしいと思う。
ともあれ、つくづく、みんなよくやっている。
形而上でぼくは関節技か寝技をかけられてる。「ギブアップ?」とレフリーが訊く。
「ノー!」ぼくは首を振り続ける。
なんだか悪役のプロレスラーになってる気がする、今日この頃の職場の自分である。