第740話 健康診断

文字数 1,230文字

 先週の今日、ぼくは会社の健康診断を翌日に控え、「夜9時からの飲食は控え、朝起きてからは、水も飲まず、タバコもガムもダメ、いっさい、口に入れないで下さい」ということで、酒も飲まず、タバコも吸わず、じーっと寮の布団の上でテレビを見ていたりしたのだった。

 血液検査、尿検査、血圧、胸のレントゲン、心電図。視力、色盲検査、聴力、握力、背筋力、機械体操、問診…
 全て異常ナシ。
 これだけ不健康な生活をしていて、不思議である。

 健康診断を無事に終え、同じ部屋の2人に、声をかけた。いくら、フスマで仕切られている「1人部屋」といったって、ひとつの部屋に、3人が点在しているだけなのだ。
「あの、よかったら、乾杯しませんか。」
 2人とも、ノッてきてくれたので、助かった。やはり、全然会話をしないのは、不自然すぎる。同じ便器を使うんだし。

 その夜は、非常に楽しかった。32歳の元コックさんは、絶妙な天然のボケ(ぼくもそうだけど)、45歳の元ヤクザさんは、ほんとうにどこにでもいる、フツーのおじさんだった。いや、フツーより、たぶんいい人だった。その彼が、「ほんとにここ(寮)、刑務所そっくりだよ」と言っていたのだから、間違いないと思う(何の間違いだ?)

 何の罰で、ぼくらは閉じ込められたのだろう?

 しかし、夜8時くらいから酒宴開始、AM1時まで、3人でよく喋り、よく笑った。
 初対面で、よくあれだけ打ち解けられたものだと思う。刑務所の特殊性だろうか?

 元ヤクザさんは落ちてしまったけれど、元コックとぼくは、残ってしまった。配属工場も同じ工場であった。ただ、彼は「ボディー課」(ここはけっこうキツイらしい)、ぼくは「鋳造課」。
 メールアドレスも交換したから、今後、なんとなく励ましあいながら、やっていくだろう。

「なんでカメちゃん、うかるんだよ」と、健康診断の「再検査」を命じられた、知り合いのAさんが言う。Aさんも、何回もトヨタに来ていて、ぼくとほとんど同い年である。
 Aさんはタバコも酒もやらない。「なんで再検なの?」と、こちらが訊きたかった。

 ただ、健康診断後、健康に少し気を使うようになった。野菜を多く摂るようにして、今日なんか「ウコンの力」というドリンク剤なんかも飲んでしまった。
 どっからでも、かかってこい、である。(いつまで続くかネ)

 あ、健康診断、問診の時だったか、綺麗な看護士さんに「10回目?」と訊かれた。期間満了、また雇用され、期間満了、また雇用され、を、ぼくが10回続けてきたことに対してだ。
「はい」とぼくが答えると、彼女は哀れむような、いくぶん嘲笑のまじったような笑みを浮かべた。
 何か、冷たい微笑だった。これには、少し傷ついた。
 そう、いくら大企業に雇われようとも、期間従業員という立場は、社会的に「底辺」に属すのだ。ぼくにそんな意識は薄く、元上司から職場復帰を促されるようなメールも貰って、張り切っていた気持ちもあったのだけど、あの微笑はショックだった。
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