第175話 拝啓 大企業さま

文字数 1,632文字

 といっても、僕の現場(エンジン製造)での上司、「EX」(エキスパートの略)と呼ばれる現場での上司がそういう人なので、こういうタイトルになってしまうのかもしれない。だが、彼をEXに昇格させたのは、やはりこの会社なのである。

 昨日、僕は日頃から溜まった彼への鬱憤を晴らしたのだ。
「期間従業員と正社員を差別するのはやめてほしい。」ということと、「もっと人をだいじにしてほしい。」ということの2点を僕は強く彼に伝えた。

「もう満了して辞めていったMさんから、Iさんから、Sさんから、Fさん(このEX)の良くない評判は聞いていました。彼ら期間従業員が、 “あれ、これ不良かな、大丈夫かな” と思ってFさんに訊いても、Fさんは “あ、いいよ、流して” って言っていたそうですね。でも、正社員が同じ理由でFさんに訊くと、“うん、これはダメだ” って、ちゃんと処置していたそうですね。
 僕の横でやってたNさん、いましたね。彼は、クランク(エンジンの重要な部分の1つ)が回らなくて大変そうにしていたFさんに、“この部品を入れた時おかしかった”とか、原因と考えられることを、よく伝えようとしていました。僕だってそうだ、大変そうにしてる人が目の前にいたら、何か力になれたらって思います。でもFさんは、まともに聞こうとせず、鼻でせせら笑ってる感じでしたね。“人として、どうなんだよッ”って思いました、横で見ていて。
 Nさんは、誉められようとか認められようとか思っていなかった。Fさんが大変そうだったから、これが原因か、と思われる箇所を、彼が作業しながら気づいた箇所を、Fさんに伝えたかった。
 でも、“もう、Fさんに何か言うこと、あきらめました” とNさんは言っていました。こういう状況じゃ、必ず不良品が出ますよ。」

「期間従業員、受け入れ(入社する際のこと)の時、何か職場で悩みがあったら、人事部に相談員がいることを教えられています。機械部は、○さんって人です。誰かが相談の電話をかけて、人事部が現場に注意しに出てきたら、ちょっとオオゴトになります。それに、こういうのって、上のほうにも自然と伝わっちゃうもんだと思います。Fさんのこと、話してる後ろに、Tさん(かなり上の人)がいて聞こえていたり。
 EXって、中間管理職ですよね。大変なのは分かります。(ほんとはきっと分かってない)でも、すみません、上の人に認められるより、現場で認められるほうが、重要だと思います、モノづくりの現場では、特に。」

 こんな脅しも入ってしまった。僕の狡猾な言い方だ。
 ただ、こう言わないと、上の目ばかり気にしているこのFさんに、伝わらないように思えた。多くの期間従業員がFさんのことで悩んだことを、Fさん自身が自分のこととして受け止めてはくれないように思えた。

 もっと人をだいじにしてほしい、というのは、給料面だとか福利厚生面ではない。
 期間従業員は、忙しい時に雇われ、暇になれば捨てられて当然である。これは雇用される際に分かっていることだし、企業は期間従業員を利用し、期間従業員は企業を利用し(わるい意味ではなく)、それで双方がよければいいと思う。

 ただ、「不良品を流したくない。」その目的は、正社員も期間従業員も派遣社員も、同じはずなのだ。それを、かたち上の雇用形態が違うだけで、作業上の対応まで違われてしまっては、不良エンジンの載った車がお客さんに届いて当然のように思えるのだ。
 作業者が、作業上のことで、作業しながら悶々としていて、いいモノづくりができるのだろうか?

 そして、このEXにも、ちゃんと逃げ道が用意されている。「忙しいっていうのもあるしね。」「受け取り方は、人それぞれ違うから。」
 僕は食い下がる、「それにしてもこの何ヵ月かで、もう10人以上がFさんに同じような印象をもってますね。僕もその1人です」
 僕の期間満了日は来年の2月末。まだまだ地味な戦い(?)が、表面上おだやかに進みそうである。
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