第600話 他己分析

文字数 1,059文字

 昨日、一緒に昼メシを食いながら「プライド」の話(プライドなんか無いほうがいい、ジャマであり、自分を殺すことにもなりかねない、という話)をぼくがして、キヨシロー氏がそれに同意し、Hさんは「プライドといえばですね、」と話し出した。

「寮の、隣りの部屋のオッサンがうるさいんです。こないだなんか、朝8時から、誰か仲間と一緒に酒盛りしてたのか、騒ぎたてて。何回か寮事務にも言ったんですけど…」
「部屋、変えてもらえるようにできないの?」キヨシローが訊く。
「ダメらしいです。」Hさん。
「相談員に電話しなよ。工場の案内、って冊子、もらったべ。相談員、そういうのがヤツらの仕事なんだから。ヒマそうだよ、きゃつらに誰も相談なんかしないから。」ぼく。

「そうですね…最後の手段として、それ、取っておきます。」Hさん。
「今使えよ、最後じゃなくて(笑)」キヨシロー。
 プライドの話とはあまり関係なかったから、Hさん、よほど誰かに言いたいほど、ウップンが溜まっていたと想像できる。
 で、今日、そのHさんから、「昨日は話を聞いてくれてありがとうございました、あんなこと、真剣に聞いてくれるのはかめさんだけ(誰?)で、やっぱり会社、辞めてほしくないです、云々」の電話を頂いたというわけだった。

 よく、ぼくはそういうふうに見られる。以前も、「あんな話をしても、みんなマトモに聞かないのに、かめさんは聞いてくれた」(誰だよ)、ということを言われた。
 しかし、ぼくはすこぶるいい加減な男であると自分では思っている。
 記憶力だけはいいみたいだけど、それほどぼくは人の話を真剣に聞いてはいないとも思える。
 真剣とか不真面目ではなくて、ぼくはぼくであって、ただ、聞き、考え、何か言うだけだ。人(相手)を感じたいし、一緒に何か思いたいという願望だけはある。

「いいわね、あなたは、とんでもないことしても、『かめさんだから』ってみんなから思われて。」
 前妻が複雑そうな感じで言っいたことを思い出す。
 しかし、やっぱりぼくはぼくでしかない。
「かめさんだから(だから誰だよ)言うんですけど」なんて言われても、ぼくはぼくなのだから、そりゃそうだろう、と思う。傲慢である。無責任ともいえよう。

 この差はなんだ。自分の感じる自分自身と、他者の感じる(らしい)ぼく自身の。
「他者は自己を映す鏡」とか「自分のことは、他人のほうがよく知っている」とかいう言葉もあるけれど、長年つきあってきたこの「自分」なるものが、ぼくよりまわりのほうが知っているなんて、なんかシャクのような気もする。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み