第629話 ワルい上司は、イイ上司である。

文字数 880文字

 以前勤めていた会社の直属の上司は、「イイ」「ワルイ」の範疇で言えば、「ワルイ」となる。具体的には、「下」には冷たく「上」にはヘラヘラという、よくある話である。

 あまり、イイ・ワルイというのは、正・善とか悪とかに通じてしまうから、使いたくない言葉ではある。
 ものごとの、あるいは人の、本質には、イイもワルイも無い、と思うからだ。

 しかし、「ワルい」上司に当たるというのは、けっこうヨカッタ。
 辞めた今だから(それも2ヵ月も経っている)、そう思えるのかもしれない。
 でも、そう思えるというのは、イイことだろう。

「そんなに、まじめに働くなよ」
「テキトーでいいんだよ」
 そう、あの上司はぼくに、いや、ぼくが勝手に教えられた気になっているようだ。

 なぜか? 会社から、葉書が来ないのである。
 期間従業員にはA、B、Cというランクの評価があり、ぼくは10年近くずっと「A」だったらしい。なぜか?「A」の人には、「また働いて下さい」という誘いの葉書が、本社から郵送されてくるからである。
 だが、今回、その葉書が来ないのである。新聞には、毎週「期間従業員募集」の広告が出ている。

 たぶん、ぼくは「過ぎ」ていたのだと思う。けっこう、働く時は、まじめに働く。
 今回(前回か)、あまりにも、不良品の流出につながりかねない、それはないだろうという作業のやり方に、かなり鬱屈していた。かなり前に書いた「インマニ」のインジェクタの取り方である。

 直属の上司たる彼に言っても、どうしようもなかった。
 …まぁいいや、とにかく、ぼくは「過ぎ」ていたのだ。

 む?

 イイ上司だった、自分にとって、ということに、しておきたい。

 しかし、いろんな自分、それから「?」にお目にかかる。
 オレは評価を気にしていたのか? ふだん、評価を蔑視しているのに。
 自分が正しいと思っているのか?
「あの上司は自分のことしか考えていない」と思っていたオレは、自分のことしか考えていなかったんじゃないか?
 まじめに仕事するって、どういうことだ?

 それだけ、いろいろ考えさせてくれたのだから、やはり「イイ」上司だったのだ。
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