第473話 絶好調の福

文字数 1,460文字

 秋である。
 福は、いよいよ絶好調なのだ。それは主に、食欲と遊び心に向けられるのだが、秋のせいか、「甘えん坊・福」の一面も、時に表象しているのである。
 今宵、帰宅した飼い主を待っていたのは、福の「ここ、撫でろ。」
 玄関を開けると、トットットッと、白い物体が歩いてきて、スヌーピーの玄関マットの上にゴロリとやるのだ。あごだけ上に向けて。
「お~、福、可愛いね~、可愛いね~。ただいまぁ~、福。ただいまぁ~。ねぇ。ただいまー。かっわいいね~。」
 声を裏返して、あっけなくムツゴロウさん状態に陥る愚鈍な飼い主。約1分間、讃美(?)の言葉とともに、のど、口元、頭等への愛撫。
 気が済んだ福は、ダイニング・キッチンへ。テーブルの上に乗る。ぼくは、福のトイレの掃除をする。
 キッチンのテーブルに、福がちょこんとおすわりしている。ぼくは再び首筋を愛撫する。

「いい日だった? 福。今日は、いい日だったかなァ~?」
 福は、ブーブー、のどを鳴らす。そして福は首を振る。「もう、いいよ。」と、言わんばかりにである。
「ご飯だね、福。ねー。」
 キャットフードご飯皿に注ぐ。
 最初の一口目、福は、勢い勇んで、ほおばる。だが、口に入りきらないほどほおばるので、首を振る。すると、テーブルの下に1、2粒、落ちるのだ。福はそれを追ってテーブルを降りる。その1、2粒を見つけて食べると、なにやら一仕事し終えたような安堵の表情を浮かべる。そして、まだテーブルの上にいっぱいご飯があることを忘れそうになる。ばかだなぁ、と、ばかな飼い主は思う。
「こっちにあるよ、福、いっぱい。」5本の指をもつ飼い主は、ひとさし指でテーブルの上のご飯皿を指し示す。すると福は思い出したように再びテーブルの上に飛び乗って、今度は落ち着いて咀嚼を開始する。目はつむられ、福にとって1日に数回訪れる、生命的な、あまりにも生命的な、至福の時間の到来。

 満足すると、たいてい福は居間か玄関マットの上に行って寝る。だがたまに、おそらく人恋しい時、パソコンに向かうぼくの後ろにあるテーブルの上に、こちら向きに伏せしながら、うとうとしている。ぼくが振り向くと、福も顔を上げてぼくを見る。特に意味をもたずに見つめ合う。ほんとうに可愛い。
 そしてまだ夜も明けぬ4時半~5時あたりに、福は再び行動を開始するのだ。「遊んで」の意思をはらんだ、「ニャー、ニャー」という声とともに。
 先日、この飼い主が東京に行った際、Nさんから頂いたクッキーの箱に縛ってあった、緑のリボンがお気に入りである。
 ぼくは布団の上に座って、そのリボンをグルグル回す。ぼくの体のまわりを。
 福はそれを追いかけてグルグル回る。約15分~20分、この遊びをする。福の腹式呼吸が荒立たしい波になる。福はヤル気満々なのだが、飼い主にその気はない。

 それから福は、たいていキャットタワーの上に行って眠り始める。疲れた飼い主も、布団の上で就寝体勢に入る。だが、たまに、飼い主の足元へやって来て、福はそこで丸くなる。仰向けになった飼い主の両足は、10~15cm、開いているのだ。その両足の間に、毛布の上から入り込み、福は就寝体勢に入るのだ。福の安眠を妨げてはならぬと、飼い主はもうその開いた足の間隔を動かすことができない。そしていつのまにか、なんのために生きているのか分からない飼い主は、眠っているのである。

「身勝手」という、かなしい自我を共通に抱える飼い主とその飼い猫の、いつもの日常が、秋という季節の中で、繰り返されたというだけの話なのである。
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