第561話 大江の「われらの狂気…」

文字数 761文字

「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」を読み終える。
 これは、いい本だった。
 読み終えるのが、もったいない本だった。

 一昨日一緒に飲んだ職場の彼が、「ノーベル賞、もっと難しくないものを受賞させよ、という声が多いの、知ってます?」と言っていた。「大江、読んだことあるけど、難しかった。なんでもっと噛み砕いて簡単に書けないのか、って思いましたよ。」
 ぼくは反論する。「いや、そんな簡単に読み易いもの書いちゃダメよ。書けないよ。考えて、考えて、考えたものは、そんな簡単な文にはならない。だから面白いんだ。」

 ことにこの「われらの狂気…」は、読者に忍耐を要される作品だった。「…、……、…、……、…、……、…、……。」ワンセンテンスがかなり長いのだ。最初、何だったっけ?と、何回か読み返し、はじめて理解できた箇所が多くあった。
 それでも、読みたい。それでも、ついて行きたい、と思わせるものが、その文にはあった。

 狂気というものを、その文の中で、大江は特に具体的に説明はしていないように思う。ただ、「正常」の対極として、「狂気」があるということだと感じる。
 そして読み続けていくと、正常も狂気も、同居して同時進行しているのがこの世であり、この現実を生きる人々すべてである、という気になってくる。

 殺人も自殺も精神病も、だから、対極、向こう側の世界、ではない。
 この世に生きる以上、同時に息を吸っているこの世界に生きる以上、それら「狂気」と思えるものを、この同時進行上の世に生きる者として、受け入れ、できれば「我がこと」として考え、考え、考えていくことが必要-----そんなふうに思わせられる、タフな本だった。

「言葉は、短ければ短いほどいい。それで、伝えることができるのならば。」
 と云っていたのは太宰だったか。

 大江健三郎、素敵だ。
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