第595話 若者よ

文字数 1,377文字

 今日、午後からぼくは再び「インマニ」工程で仕事をすることになった。
 はるか前の話なので、この blog を辛抱強く読んで下さっているかたも、もう忘れられているかもしれない。
 まぁ、とにかく、イヤな思いをしたのである、以前、この工程で。

 今月で期間満了退社するぼくの、昨日までしていた工程は、後釜がそれなりに1人でもできるようになったので、さて、ぼくは仕事をしながら失業状態、「掃除」でもやらされるんだろうな、と思っていたのだが。残っている有給休暇もぜんぶ使えると思ったのだが。

「かめさん、インマニ、お願いします。あれできる人、あいつと、ぼくと、かめさんしかいないじゃないですか」
 Sさんが言い、日頃、仕事なんだから何でもやるという気構えだけは持っているぼくは、はい、わかりました、とインマニ工程へ向かう。

 何ヵ月ぶりだろうか。しかし身体は作業を覚えていて、すんなり入れた。
 この工程を、ぼくの後にやっていた20歳のY君が、「ヘンなこと訊いていいですか?」と言う。「はい」とぼくは答える。
「かめさん、期間延長、なんで断ったんですか?」
 作業しながらだから、説明するのもちょっと困る。
「…ぼくは、来月、40歳になるんですよ。40っていうのは、ぼくの中で、ちょっと重いんです。で、こんな仕事なんか、してられないなぁ、と。」
「はぁ。」
「仕事なんか、してられないなぁ、って思ったんです。で、ぼくはけっこう文章書くのが好きで、今までも書いてはいたんですが、ブログなんかでね、でも、もっと本気でやりたくなったんですね。」
「…はぁ、今までの貯金とか使って、生活するんですか?」
「いや、貯金は無いです。期間満了金とかで…」
 作業が遅れる。
 しばらく、無言で作業。

「…さっきの話の続きですけど、期間従業員の手取りの給料、20万前後ですわ、平均すれば。そこから養育費、家賃、生活費、○×△□…で、お金は貯まりません。」
「辞めて、どうやって生活するんですか?」
「期間満了金(65万くらい)と、失業手当ですかね。うん、あのね、お金って、手段に過ぎないと思うんですよ。たとえば、欲しいクルマを買うとかね。」
「はい。」
「目的ではないんです、お金そのものは。」
「はぁ。」
「あんまり、ぼくはお金にこだわっていないんですよ。」
「あぁ。」

 Y君は、話していて、『生活する=生きる=金を稼ぐ=働くこと』という公式が、まったく当然のように彼の頭に、空気のようにインプットされていることが、ぼくには感じられた。

 それだけじゃ、ないんだよ、Y君。
 ということを、作業しながら、ぼくは言っていたようなものだった。

 残業15分で仕事が終わり、一緒に通路を歩きながら、
「どうでしたか、久々のインマニは。」Y君が声を立てずに笑ってぼくに訊く。
「うーん、どうでもいいですよ(笑)掃除でも、何でも。だって、同じ仕事ですもん。」
「(笑)カガミですね(笑)」

 明日からY君は他の仕事をするだろう。
「Y君、前、ぼくはバカだから風邪引かないんです、って言ってたじゃない? Y君はバカじゃない。Y君をバカにさせる会社がバカなんだよ。」
「あはははは。」
「自分をしっかり持ってるでしょ。なら、大丈夫です。」
「そうですかねー(笑)。かめさんの仕事する姿、初めて見ましたけど、カッコいいですね、なんか…。」
(出世するよ、君は。)
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