第53話 私の…

文字数 829文字

 どうしても忘れ得ぬ人がいる。
「脱学校の会」をやっていた頃、その場所を提供して下さっていた、ハジさん。もう亡くなられてしまったけれど、私はハジさんの言葉に、強く惹かれている。
 その言葉は、ハジさんという人を、ああ、そうだったのか、と後になって私を説得し、重く心に入ってくる。
 というのも、ハジさんとは、何回も顔を合わせ、同じ空気を吸っていたけれど、そんなに話はしていないのだ。いや、残っていないだけなのか。

 だが、ハジさんの追悼文集のような本から、ハジさんのいきかたのようなものが、私の中に入ってくる。
 そして納得する。
 そのたたずまい、とうとうとした話し方、大きな存在感が、何であったのかを。
 私は、ハジさんの、予備校での最終講義で、「もっといい世の中にするべくがんばってきたが、そうはいかなかったようだ。まことにあいすまん。」というようなことを、学生たちに言っていたことを知った。

 私は、そんなこと考えたこともなかった。
 毎日、なんだか自分のことだけを考えて生きてきた。
 まわりのことも、もちろん考えないわけではなかったが、自分のことで精一杯だったのだ、結局。

 私は、もう大人もいいところなのだ。私が20歳の頃見ていた大人たちのお子さんが、今はもうすっかり20歳になっていたりするのだ。
 私がおじいさんになった頃、世の中がこのままの状態だとして、ハジさんのような言葉を言えるか。はなはだ自信がない。

 だが、ハジさんがこの世でやり残したこと、それを想像して、私は物事の判断基準に大きくおくことだろう。ハジさんと同じ場所で、私が何かをやってきたことは事実なのだ。
 少ししかできないかもしれないけれど、少しもできないかもしれないけれど、引き継いでいきたい。いや、引き継がざるを得ない。

 いつも、会に集まる10人位の若者を、ちょっと離れた椅子から、やさしいまなざしで見ていたハジさんのたたずまい。
 私は、そこから、想像をしていく。ハジさんの、やりたかったことを。
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