第262話 期間従業員日記(30)

文字数 1,153文字

「やりにくそうですねえ」
 ライン外が、作業中のぼくに声をかける。
「もう、品質なんかどーでもいいですね、これ」
 ぼくが笑って言う。
「反対番は、チカラがあるみたいですね」
「ええ、ぼくらの組より、年取ってる人多いですし」
「プライド、ですかね」
「それはあるでしょうね」

 チームリーダーのHさんが来て、ぼくの作業を手伝ってくれる。
「課長が反対番に言ってくれたその日のうちに、かぶれた、災害だ、ですよ。何なんでしょうね」
 微笑みながらぼくが言う。
「『ダメ』ってことやろ(笑)。チカラ関係、うちより、反対番のほうが強い」
 Hさんも分かっている。

「サラリーマン社会ですから」
 エキスパートが言う。

 なかなか、病んでいる。

 ぼくが課長に「反対番のインジェクタの取り方が心配です」と訴えた時、ぼくの手が震えていたことを思い出す。
 これを言うことによって、何かをぼくは予感していた。その後に起こるであろう、あまり喜ばしくないことを。
「反対番の期間従業員ごときのヤカラが、作業のやり方にケチつけてきただと?」
 おそらく反対番のリーダーは、腹を立てたことだろう。
 そしてそのトリマキのかたがたも、単純にシャクに触ったことと思う。
 で、作業者の「かぶれ」、「小さな爆発」という事実を利用して、つくりあげたのかもしれないが、事実だとして、ぼくが課長に提言したことは速やかに却下されたわけである。

 遅かれ早かれぼくがどこかへ「左遷」されるとしても、こういう体質で現場が今後もやっていくのなら、快く受け入れよう。

 ところで、ことの発端は、やはり非常に単純なものだった。
「ショートブロックサブ」から「メイン2」へ、インマニ工程が移り、作業内容もそれまでより増えた。反対番の作業者は、ラインのスピードに間に合わなかった。
 そしてインジェクタの、ガソリンの噴射口側を上に向けて、それからインジェクタを取る、というそれまでのやり方を、反対番の作業者はショート・カットした。リーダーの許可を得て。

 ガソリンの噴射口を上にしないでインジェクタを取るということは、ガソリンの流れるパイプ側に入るOリング側を上にして取るということである。
 ここに触れて取る以上、異物が付着する可能性がある。
 いくらリーク・テスターという「漏れを感知する機械」でOKが出たとしても、作業者として肝心な「注意力」が全くおろそかになってしまう。
 そして現に、リーク・テスターでOKだった製品が、車両へ行って「ガソリンが流れっぱなし」という不良が1件出たのである。

 車両火災につながる「重要工程」と謳われているインマニ工程は、「ラインを止めたくない」という作業者、そして生産重視のイケイケでやって来たようなお年寄り(?失礼)のチカラによって、品質がそこなわれてしまったと僕は思う。
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