第850話 野性を大切に

文字数 847文字

 はじめて飼った「ペット」は、ヒヨコだった。
 小学生の低学年の頃、近所の商店街のお縁日で、1羽、親に買ってもらった。
「ピー太郎」とぼくは名づけた。
 だが、ピー太郎は、家の中でぼくと遊んでいた時、裏庭へ飛び出た。その時、まるでその時を待ち構えていたように、ノラ猫が風のように飛んできて、ピー太郎をくわえて、風のように去っていったのだ。

 まったく一瞬のことで、何もできぬまま、ぼくはピー太郎を失った。ただ悲しみと悔しさが残った。ピー太郎が、猫にくわえられた瞬間、「ピッ!」と鳴いたのを、今もぼくは覚えている。
 ぼくは泣きながら冷蔵庫から魚を取り出し、裏庭に置き、棒を立ててその上にタライを被せ、棒にはヒモを結び、家の中から、そのヒモを握りしめて、にっくきノラ猫が魚を取りに来るのを待った。
 きゃつが魚を喰らうために、タライの下に入った時、ヒモを引っ張って、捕まえてやろう、とぼくは考えたのだ。
 だが、ノラ猫が、タライの下に入ることはなかった。近くにさえ、来なかった。

 よし捕獲できたとして、ぼくはそのノラ猫に、何をしようとしていたのか、分からない。ただ、ピー太郎の、カタキをとりたかったのだと思う。
 以来、裏庭の壁づたいにノラ猫が歩いていたりすると、急いで水鉄砲を持ってきて撃った。ワリバシで「輪ゴム銃」もつくった。だが、ノラ猫はいつも、平然と去っていき、隣りの家の屋根の上で日向ぼっこなどをしていて、その姿を見るたびに、ぼくは悔しかった。

 今、ぼくは、あのピーピー鳴いてチョコチョコ短い足を動かし、一生懸命走っていた、小さくて可愛かったピー太郎を食べた種族である猫と、一緒に暮らしている。
 猫(この福は特別かもしれないが)、可愛い、と、いつのまにか思えるようになった。
 そして、「野性を忘れるなよ」とばかりに、猫パンチを腕に浴びて傷だらけになったり、顔面に猫パンチを喰らいそうになる遊びを一緒にしながら、福に、「ありがとうね。ありがたいね、元気でいてくれて」と、感謝の言葉を口にしているのである。
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