第678話 私の土曜日

文字数 1,613文字

 昼前あたりから家人がいない。
 ああ、せいせいする(笑)
 もう一緒にいるのがイヤになって、出て行ったのではなく、おそらく歯医者かパチンコ屋か図書館か、大学の英会話教室か、買い物である。

 冷蔵庫の中の古いご飯を、永谷園の「炒飯の素」を振りかけてフライパンで炒める。
 古いカレーも残っていたので、暖めて炒飯の上にかけて食べた。
 家人がいないと、なんだか自由である。気持ちが伸び伸びとして、何でもできるような、無敵のような自分になる。

 蒲団の上でだらしなく本を読んでいても、ゴロゴロ寝そべって菓子を食べてテレビを見ていても、パソコンの前でニヤニヤしていても、全然構わない。そのぼくを見ているのは、猫だけである。
 今日は土曜日、明日は日曜日。
 平日でも、家人は働きに出てぼくは無職で家にいるので、無敵であってもいいはずなのだが、なぜか心苦しい。
 家人も休み、ぼくも休み、で、家人はどこかへ行ってくれて、ぼくはひとりで家にいる、という状況が望ましい。相手も休みだから、同じ現実の条件を意識して、ぼくは家で堂々としていられる、という、それだけの理由だが。

 屋外の換気扇の排気口が過剰に汚れていて、そこに付着した油が廊下に垂れて水滴のような跡をつくっていた。これは廊下を歩くお隣りさんにも迷惑だ。ずっと気になっていた。今まで、廊下をブラシで洗っていたが、その「元」を断つべく、椅子を廊下に持ち出して、排気口の笠の内側をキッチンクリーナーで拭く。

 作業中、階段を上って来る足音。おっ、帰って来たか、と思ったら、隣りのお嬢さんだった。
 こんにちは。
 こんにちは。
 こないだまで高校生だったはずだが、ずいぶんと大人びた雰囲気を感じた。女の子は、変わる時、ホントウに変わるような気がする。
 彼女の家は奥にあるので、通路で作業中のぼくの横を通らねばならない。邪魔かな、と思ったら、サッサと通って行った。すいません、とあやまったら、にこやかに軽くお辞儀をされたような。
 ヒゲを剃っておけばよかったナ、と、ちょっと後悔した。

 家に入ってアイスコーヒーをつくっていたら、シャツに水滴がいくつか付いていた。油かな、と思い、その部分だけ拭こうとしたが、洗濯カゴにTシャツも数枚入っているし、ついでにジーパンも洗いたくなって、洗濯をした。
 風呂の残り水を洗面器ですくい、洗濯槽へ流す。また洗面器で風呂の残り水をすくい、洗濯槽へ流す。何回もこれを繰り返すと、定水位を感知した洗濯機は自然と回り出す。
 パソコンに向かってたら、タバコがなくなったので買いに行く。

 洗濯物をベランダで干す。近所の染め物屋の犬「ソメコ」(オスだと思ってたらメスだった)が、散歩中の犬と鼻を突き合わせているのが見えた。ソメコは屋内のほうにいて、全身は見えなかったけれど、散歩中の犬は尻尾を激しく振っていた。
 うちの福(猫)には、友達がいないなぁ、と思ったりする。

 またパソコンに向かっていたら家人が帰宅。負けた、という。英会話もサボッた。
 一通りそのパチンコ機種の特徴についてふたりで会議して、ラーメン屋へ。
 食後、ホームセンターで犬猫用のウェットティッシュを買い、キャットフード箱の除湿剤を買い、スーパーでカルピスと白菜の醤油漬けを買う。

 途中、前職場の工場で、「がんばってるかい」とか「やぁ」とか、やたら声を掛けてきてくれた、役職の人とすれ違った。部署が違っていて、名前も知らない。ぼくらは徒歩、その人は自転車だったので、一瞬のすれ違いだった。
 あっ、と思った時は、もう遅く、声を掛けれずじまい。
 ラーメン屋でも、工場で見た顔の人が、カウンターにいた。

 帰ってくれば、もう6時すぎ。家人はじゃがいもと卵でお好み焼きのような食べ物をつくった。
 ぼくはまたパソコンに向かって、ぬるいコーヒー飲んで、時計を見ればもう9時である。

 どう過ごそうと、1日は1日。
 どうというわけでもないはずだが。
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