第759話 夏の終わりの1日

文字数 989文字

 金曜日、仕事が終わって会社バスに乗る。
 りんご農園を営んでいる人と、ふたり掛けの座席に座って喋っていたら、水曜あたりに一緒に飲んだ、「相反する」Mさんが乗ってきて、「お疲れ様ッス」。
 通路を挟んだ、ぼくとりんご農園の人が座る座席の、横のふたり掛けの座席に座り、なんだか疲れているようだった。

 バスは寮を経由して駅に行く。その途中の寮で、りんごの人が降り、相反する人とぼくは駅まで行く。
 そう、また、ふたりで飲んだのだ。
 午後4時あたりから飲める、タコ焼き屋みたいな小さなお店。
 30歳のマスターは全然ヤル気がないけれど、今までもぼくは仕事帰りに誰かとここに訪れ、サッカーの話とかして、知らない仲ではない。
 今回も、このマスターと、相反するMさんと、3人でビールを飲んだ。

「じゃ、帰りますよ」ぼくは相反するMさんに言う。
「かめちゃん、まだいいじゃん」(出た…「もう一軒」だ)
「いや、帰ります」
「まぁカタイこと言わ…あ、あそこ行こ、すぐそこ」
 そしてMさんは、会計を済まそうとして出していたぼくの財布を奪い、ポケットにしまった。
「ちょ、ちょっと…」
「大丈夫! 次の店入ったら、返すから」

 すぐそこのスナックへ。
 すると、相反する人は、そこのママさんに、ぼくの財布を手渡した。「かめちゃんの財布、預かっといて」とか言っていた。ママさん、ちょっとオープンになっている胸の谷間に、「はい、預かりまーす」と、ぼくの財布を突っ込んだ。
 もう観念した。

 手渡された「デンモク」(カラオケの入力装置ですね)で、陽水の「少年時代」、サザンの「夏をあきらめて」、チューリップの「心の旅」、ユーミンの「ひこうき雲」などを歌う。
 途中、近くの寿司屋から、鉄火巻が二人前、ぼくらの座るカウンターに届いた。美味しかった。

 しかし、さすがに相反するMさんにも、体力の限界があった。「昨日、夜中に友達から電話がかかってきて全然寝ていない」という。Mさんは、今夜も夜中に誰かと飲むらしくて、そのための体力回復時間が必要だった。
「ママさん、ここオレ払うし、オレ帰るけど、この人(ぼく)は閉店までいるから。送ってあげて」などと言い出した。
「いや、オレも帰りますよ」
「あら~、かめちゃん、帰っちゃうのー、財布はココよ~」とか言いながら、また胸の谷間にぼくの財布が埋められた。

 しかし、とにかくぼくは帰ってきたのである。
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