第428話 期間従業員日記(50)

文字数 1,151文字

 ロッカーに向かって歩いていると、派遣社員のK君が走ってきた。「かめさん、かめさん」(こないだこの日記に書いた、ふにゃふにゃ小僧だ)
「おぅ」
「有給、取りたいんだけど、みんな(予定表に)名前もう書いてあって…でも取りたいんだよね。Aさん(直属の上司)が休みの日、取ってもいいかな。」
「ああ、いいと思うよ。でも、Aさんに訊いてからにしなよ。」
「うん。で、Aさんに、いつ訊いたらいいんだろ。」
「昼休憩のとき、いつもいるだろ。あんとき訊けるだろ。」
「あー、あんときか。そっか。」
 完全にタメグチをきいてくるので、こちらも容赦なく言う。
「考えろよな、自分で、少しは。」

 K君とはロッカーが向かい合わせだ。一緒に着替える。
「有給、取れるのかな、オレ。」
「は?」
「たぶん取れると思うんだけど。もう6ヵ月いるからさ。」
「そんな経ってねーだろ。」
「いや、ここに来る前、下山工場にいたからさ。トータルで。」
「ああ、そうか、そんなこと言ってたな。…しかしK君、もう少し論理的に考えろ。自分には有給が何日あるのか、確認して、それからこの職場で何日取れるのか、そこから考えて行かないと、ぜーんぶ妄想だぞ、それ。」
「あはは。そうだよね、モーソー。」

 バスターミナルまで一緒に歩く。
「夜勤の後、休んだほうが、時間いっぱいありそうだよね。夜中帰って、3時、4時、5時…」
「あのなー、どんな人間でも平等に24時間しかないの。いつ休もうが、1日の時間は同じなんだよ。休んだ日を、K君がどう時間を使うか、それにかかってるんだよ。」
「あー、そっかぁ…」

 どーでもいいけど、ピンクの傘に、真っ赤なYシャツ。何者だ、お前は。
 聞けば、秋田にある実家に一度戻るという。K君のご両親は離婚していて、自分の名字を選ぶことになりそうだということ。お父さんは何か会社をやっているので、云々かんぬん。
「で、K君が跡を継ぐのか?」
「あははは、まっさか。こんなノーテンキのバカを、跡取りなんかにゃしねーよ。」
「おっ、よくわかってるじゃん。自分のこと、わかってんだな?」
「ふふっ、まぁ、ね。」
「で、ノーテンキでバカな自分を、なおそうとしないのかよ?」
「……」
「口内炎と、同じだよ。」(K君は今口内炎なのだ)
「口内炎?あはっ、全然違うじゃんか。」
「いーや、同じだ。おまえ、全然なおそうとしてないだろ、口内炎。なおそうとすればな、よくなってくもんなんだよ。」
「よくなってく…。そっか。いいこと聞いた。」珍しく真顔。
「名字だって、選べるなんて、すげーじゃねーか。自分で選んで生きてくってことなんだからな、生きてくってことは。」
「あはっ」(笑うなよな、そこで)

 それぞれのバスに乗り込む。「じゃね。」K君、ぼくを見て、うなずくだけ。

 でも、何か憎めねーヤツだな、おめーは。
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