第377話 置かれた身のほど

文字数 842文字

 通勤の会社バスの中。
 Nさんとバッタリ。
 ひとしきり、よもやま話。のち、細部。
「苦痛じゃないですか、仕事。」ぼくが訊く。自分が苦痛だから。
「苦痛ですよ。苦痛と、屈辱です。」とNさん。
 屈辱?
 ええ。

 Nさんは、有名な大学を中退なさっているらしい。昔は会社も経営していて、いろいろあったみたいで、今は期間従業員として働いている。(40歳で、昔タバコの「キャスター」のCMに出てた俳優に似てる)
「こないだ飲み会があってカラオケ行って、偶然、琉球大学卒業してる期間従業員と話したんです。琉球大学ですよ。なんで期間従業員なんかやってるの?って、ぼく訊いちゃったんですけど。」
 琉球大学がどんな大学かぼくは知らないし(知らないことが多すぎるのだ、ぼくは)、期間従業員がそれほどひどい職業とも思えない。こういう優劣のつけ方というか、何が「優」で何が「劣」かという、この基準。
 何がそうさせているのか。
 Nさんの大学での同期の人は、どこかの会社のなんだかエンジニアとかで、しかしNさんは作業着で、見栄えだけでなく給料も違うみたいで、同じ大学行ってた人間がなんでこんなに違うのか、ということも、Nさんは腑に落ちないらしい。

 ぼくはほんとによく思うのだけど、「自分で選んでやってきたこと」あるいは「自分で選んで『今やっていること』について、なぜ不本意という意識が生まれるのだろう?
 選んでいると思うのだ、そうせざるを得なかったとしても、自分で選んで自分の生きようを生きていると思うのだ、ひとりひとりが、それぞれに。そこに、なぜ「優」「劣」という判断が下されるのか、ぼくには分からない。ほんとうにイヤなら、その道以外の道もあったはずだし、あるはずなのだ、今、現在も。

 ということをNさんにやんわりと言ったつもりだが、Nさんはその「優劣」というスタンダードさをもって、生きている。
 バスがロッカー前に着く。もっと話したいですね、とはにかみ笑顔のNさん。そうですね、と照れ笑いのぼく。
 違いが、あっていい。
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