第478話 遍路

文字数 1,229文字

 ぼくが本気で異性を好きになり、その気持ちを告白せざるをえない状態に陥ったのは、14の夏である。
 その恋情の根拠は、彼女が死にたがっていて、ぼくも死にたかったという、「死への憧れ」という共通の目的をもっていたからである。
 だが、死にたいと思う時、その時すでに、どうやら人は、ひとり孤独な状態にハマッているものらしい。なぜならぼくは、死にたいと思う時、必ずひとりぽっちを意識していたからである。
だが、そのそばに、ふっと、同じように「死にたい」と考えている女の子が現われて、ぼくは生きよう、という気になったのだった。
 ひとりぽっちからの解放。2年で終わった。

 24くらいで、子どもができて結婚した。その時の相手は、自殺など考えたこともないという女の子だった。
 彼女はぼくと同じ不登校経験者だった。不登校中は、親に、何かと迷惑をかけるものである。なにしろ、フツーの子ども達がしている「学校に行く」ということを、していないのだから。
 だが彼女は、そんな状況下でも、自殺を考えたことがない、というのだった。
 ぼくには、信じられなかった。
 自分は普通のことができない人間だ、生きることなんかできやしない、死ぬしかないんだと、毎日毎日念仏のように自殺を思っていたぼくという人間を、あっさりと否定されたような気がしたものだった。それも、ただ、あっけらかんと存在しているように見えた、彼女という存在、それだけで、である。
(単なるあっけらかんさではなく、親と戦う的な、強い意志のようなものが、彼女の中にあったのも事実だが。)

 で、ぼくは、「こういうヤツが生きてるのなら、オレだって生きてやる」といった、おかしな気持ちをもって、生命力のようなものを、彼女からもらったわけである。
 ただ、ぼくひとりではなく、彼女と一緒に、なのだった。どちらからともなく(だったと思う)、一緒に暮らすことを望み、8年ほどの結婚生活をともにし、無事に離婚したわけである。

 現在同居している人は、生きるだの死ぬだの、そういったものとは無縁の人である。
 もう5年が経つが、3年くらい前からセックスはしていないし(それまでもほとんどしていなかったのだが)、キスも今年の夏あたりからずっとしていないし、それは困ったものである。
 いや、それほど困っていない。
 ほとんどルームメイトと化しているから、べつにぼくが元妻と会うことについてあれこれ言ってこないし、ぼくが誰か異性と会っても(そんな機会も滅多になくなったけれど)、何の詮索もされない。
「わたしには、あなたの良さが分からない。ソトヅラばっかりいいんだから」と、こないだ言われたりした。確かにぼくは屁こき虫だし、家事は洗濯以外ほとんどやらなくなってしまったし、一緒にいて大変だろうなぁと思う。
 だが、ふたりで買い物なんかに行く時、なぜかふたりして手をつないでいる。不思議なのである。
 そしてこれからどうなっていくのか、皆目見当もつかないでいるというわけなのだ。
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