第597話 対極の人

文字数 1,091文字

 自分と対極の考え方、価値観、感じ方をする人と、2日連続で会社帰りに飲んだのであるが、その対極というものが、一体何であったのか、ということと、さて、その発した意見に確実に相違のある人とのつきあいというものは、今後どうなっていくのだろう、という分からない気持ち、さらに、では、ぼくはどのような人とつきあい、どのような人とこれから分からない気持ちにならずにつきあっていくのだろう、と考えるに至っているだけの話なのである。

「なんで期間従業員なんかやってるの?」対極の人は言う。かれも、期間従業員である。ぼくより1歳上で、むかし事業をやっていたというから、所謂社長であったのであり、当時はかなり羽振りが良く、要するにお金持ちであったということである。

 ぼくと同じく今月末で期間満了退社するので、その後名古屋に事務所を構えて、何か事業を始めるということである。
「期間従業員なんて、負け犬のようなものですよ。」対極の人は言う。
 つまり、かれの価値観では、「成功=地位、金をいっぱい稼げない=成功していない」という、「資本主義の社会に生きている以上、そういうものです」という確固たる信念めいたものが、あるのである。

 かれは大学を中退し、事業を始め、一時はずいぶん潤ったらしいが、要するに、かれの言葉でいえば「失敗」したのである。
 で、「ぼくは作業着を着ていて、同じ大学を出た人は綺麗な背広を着ていて、すごく悔しかった」ということである。つまり、かれは、かれ自身の価値観によって、自分を劣等感に澄んだ泉に全身浸し、びしょ濡れになっているわけである。

 気の毒だなぁ、とぼくが感じざるをえないのは、「成功」「失敗」ではなくて、その「価値観」を持っている、かれそのものに対してである。
「成功って、自分が、自分らしく生きた人。それが、いちばんの成功者ではないですか。」
「自分らしく? 分からない。」
「なんで毎週スナック行ったりパチンコして、現実逃避してるんですか。事業始める人間が、ムダ遣いしてどうするんですか。」
「現実は直視してるつもりだよ。」
「いいんですよ、成功なんかしなくても。自分なりに…」
「それはかめさんが成功してから言ってほしいな。そうでなければ、負け犬の遠吠えに聞こえます。」

 こういった問答を繰り返した末、われわれは居酒屋を出て、喫茶店に入り、(もう1人いたのだが、彼は帰った)なんとなく仲良くなったような雰囲気を醸し出しながらコーヒーを飲んだ。
「金だけじゃないですよ。」
「金がなきゃ、何もできないでしょ。」
 そういった意見の相違は脇にやり、その「意見」をつくり出す、それぞれの自己として。
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