第700話 心、許す、許さない

文字数 1,114文字

 私が小さい頃、近所にヤマモトさんというおばちゃんがいて、私の祖母とお友達であった。母とも、ヤマモトさんは、親しくしていた。
 だが、ある時、いつものようにヤマモトさんが家に来てお茶を飲み、いつものように帰っていった後、母は私に独り言のように言った。
「ヤマモトさんに何か相談すると、すぐ創価学会に入れば大丈夫よ、って誘ってくるから、イヤなのよねぇ」

 祖母も、ヤマモトさんのそういう点は嫌だったと思うけれど、それはそれとして、うまく折り合いをつけて近所づきあいをしていたのだと思う。

 話は変わるが、20歳くらいの頃、親しかった女友達が、急にイキイキした時があった。
単なる女友達だったけど、とにかく綺麗で、彼女に恋心を抱く友人知人も、少なくなかったと思う。
 ただ、彼女は、いささか精神的に「病」んでいたようだった。詳しくは知らないが、病院か何かのカウンセリングルームのような所で、私は彼女に1、2度、頼まれて英語を教えた記憶がある。

 ひとりでいろんなことを考えて、それが「悩み」やら「心を病む」ということに置き換えられたとしても、その「ひとりでいろんなことを考える」彼女の気持ちの震え、不安のようなものが、私は妙に魅力的に感じていた。
 応援、というと、おこがましいけれど、応援していきたいと思っていた。

 だが、彼女が急にイキイキし出した時、「とってもいいカウンセラーができたの」と彼女は言った。
 おお、よかったねぇ、と答えたものの、私は、その後の彼女の言動を見るうちに、「?」、何かヘンだなぁ、と感じるようになった。
 まるで全く思慮がなくなったような、ほんとにまるで「考える」ことなく、あまりにも前向き過ぎるというか、ともかく変わってしまったのである。

 カウンセラーって、すごい存在なんだなぁ、と感じた、しかし、ああ、もう彼女は、これから困った時や悩んだ時、そのカウンセラーへ直行するんだなぁ、とも感じた。今までのように、友達や私なんかに相談することもなくなるんだろうなぁ、と思った。

 冒頭のヤマモトさんには宗教という、絶対的な信用を置くものがあり、彼女にはカウンセラーという、彼女にとってまるで全幅の信頼を寄せられる存在があった。

 個人の不安や心配事を消せるような、後ろ盾のような存在は、「法人」であったり「職業」であるのだろうか、と考える。
 宗教が蔓延ったり、カウンセリングが繁盛する社会って、何なんだ。
 もちろん本人がそれでよければいいのだ。だが、個と個というか、カネ稼ぎのためでも何でもない、まっさらな個と個の人との関係のようなものを希薄にさせることに、一役も二役も買っている、そんなシステムの中に、生きちゃっているような…。
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