第248話 狩りは中止だよ

文字数 1,259文字

 朝から雨である。
 自然界におけるネコ科の動物は、雨の日は狩りができないとあきらめて、おとなしく過ごすものらしい。
 いくら人間の世襲に慣れた飼い猫でも、その「狩猟時代」の名残りは細胞に記憶されているらしく、雨の日はおとなしいはずなのだが。

 なぜフクは雨の日でも、「遊んで遊んで」光線を放ってぼくを見るのか。
 なぜ「タコ糸」を前にして、じっとお座りして見ているのか。
 答えは1つ、「ねぇ、このタコ糸、動かないよ」とぼくに訴えているのだ。

 で、ぼくはタコ糸を手にとって1~2m伸ばして、糸を引きずりながら部屋を歩くことになる。
 動き出したタコ糸を見て、フクの頭の中は「♪」記号でいっぱいになる。
 引きずられるタコ糸の先端目掛けて、彼はじりじりと低姿勢になる。そして腰をフリフリした後、ロケットみたいに突進してくる。
 タコ糸が、フクにとっての「狩るべき獲物」なのだから、タコ糸としても簡単に狩られるわけにはいかない。ぼくはタコ糸をうまく操って、逃げる。フクが追いかける。テーブルのまわりを、ぼくが手を回してタコ糸を回す。フクもぐるぐる回る。もう3週間くらい前から、フクはこのタコ糸に首ったけである。

 タコ糸を捕まえると、フクはそれをくわえながら、実に誇らしげに歩く。長い尻尾が、ピン!と上に向かっている。そして自分の陣地(?)の寝室のぼくの布団の上まで来ると、伏せの格好をして自分の捕えた獲物を満足そうに眺めている。

 しかし、これだけではフクは物足らない。この獲物をまた動かしてほしい、と訴え始める。
 で、またぼくは居間からタコ糸をたぐり寄せる。布団の上でフクが見ていたタコ糸が動き出す。そしてまたテーブルのまわりで、タコ糸とフクが回りだす。
 猫は、息があがっても、犬のように口でハァハァ呼吸ができない。フクのピンク色の鼻が赤くなる。鼻息が荒い。お腹が大きく脈打っている。

 獲物を捕え、また誇らしげにフクは寝室へ向かう。また数秒後には「タコ糸、動かないよ」と訴え始める…。ネバーエンディングである。
 20~30分運動すれば、猫は疲れる、と本に書いてあった。しかしフクは、ほとんど無制限にタコ糸を追いかけるスタミナをもっているらしい。走り回った後、チョコッと横になるだけで、すぐに体力が回復する。

 もちろん、いつもいつもフクの言いなりになっているわけにはいかない。ぼくにも都合がある。「遊んで光線」をぼくに浴びせても、無視していればフクはあきらめる。しかしそれが何日も続くと、おたがいに「これでいいのかな」という点で思いが一致し、一緒に遊ぶことになる。

 食欲と、遊ぶスタミナに関しては、愛知県内でもトップレベルに位置しそうだ。
 でも1日の大半は、とにかくずっと寝ている。しかし今日は雨だというのに、やたら遊びたがっている。さっきまでパソコンラックの一番上のプリンタの上にお座りして、じっとぼくを見下ろしていた。置物の猫みたいだった。
 …ねぇフク、今日は雨だよ。狩りは中止だよ。

 でもやっぱりありがたい。元気でいてくれることは。
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