第263話 フクの生い立ち(1)

文字数 1,387文字

 今フクは、フローリングの床の上に股をおっぴろげ、壁際にひっついている。
 この「お股おっぴろげポーズ」は、フクの得意技である。
 暑いのだろう。

 フクが家にやって来たのも、2年前の今頃だった。
 ぼくはジャスコで職場の上司と待ち合わせ、定刻どおりにフクの譲渡を完了した。
 キャリーに入ったフクは、ジャスコからぼくの住むマンションに着くまで、ずっとニャアニャアニャアニャア鳴き続けていた。フクは、生後3ヵ月だった。
 ぼくの借りているマンションはペット不可である。だが、4階のぼくの部屋に階段を上って行く間中、ずっとフクはニャアニャア鳴き続けた。「これから猫を飼いますよ」と、ぼくは宣伝カーを運転しているようなものだった。

 フクは、いわば売れ残りの猫だった。
 きょうだいは皆、新しい飼い主に譲られていったのに、フクだけ残った。
 なぜか。頭に、黒い丸があったからである。どういうわけか、フクの額にだけ、黒い毛が円状に丸く生えていた。ほかは全身真っ白なのに、頭にだけ、黒い毛がカッパみたいに丸く生えていた。きっとカッコワルカッタのだと思う。片目が茶色、片目がブルーというのも、気味悪がられたかもしれない。

 だが、ぼくはそのカッパだったフクを見ていない。ぼくの家に来たとき、フクの頭はその体と同じように、きれいな真っ白な毛で覆われていたからだ。だが、フクは生まれてしばらくの間、カッパみたいだった、と元飼い主は証言している。そしてその名残りを思わせるような、ほんのり茶色い毛が3本、額に生えていた。

 フクは、生後少なくとも3ヵ月以内に健康診断を受けた。獣医は、「メスです」と断言した。これも、元飼い主の証言である。
 ぼくは、メスの猫がほしかった。職場上司はそれを知っていて、「かめさん、メス猫だって。」
 で、ぼくは「はい、その猫、可愛がります」みたいな感じになって、譲り受けたのだ。

 だが、うちに来て1ヵ月経つか経たないかのうちに、何か男性のシンボルたるタマタマのようなモノが、フクの股間に現われ始めたのだ。
 それまでは、確かに無かったモノだ。

「ん?」猫って、メスにもタマタマがあるのか。ぼくはそう思った。

 ぼくは職場上司に確認の電話をかけた。「なんか、タマタマが出てきたんですけど、メスなんですよね。」
「うん、獣医がそう言ってたよ。えっ、タマタマが出てきた?」

 フクは、メスなのだろう。でも、このタマタマは何なんだ?
 おっぱいを見てみる。乳首らしきものが6コくらいある。
 うん、メスなんだろうナ。? 
 でも、タマは何なんだ。

 職場上司が奥さんと一緒に駆けつけてくれた。奥さんのほうが、猫に詳しいのだ。
「あ…。ある。」
 奥さんは、逃げ惑うフクをつかまえて、それを見て言った。

 フクは、職場上司の奥さんの連れ子さんの恋人さんが飼っていた猫と猫との間に生まれた猫である。
 数日後、その連れ子さん(美男子であった)と恋人さん(可愛かった)が、うちにお詫びに来てくれた。
「病院の先生は、女の子です、って言ったんですけど…」困惑していて、気の毒だった。
「いや、いいですよ、この猫は、ぼくのところに来たかったんですよ、きっと。カッパになってたのも、メスのふりをしてたのも、そういう事情だったんですよ」
 ぼくは心底からそう言った。

 こうして、ぼくにとって初めての猫との共同生活が始まったわけなのだった。
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