玉の緒 7

文字数 1,135文字

 鸞はすっくと立ちあがると、ズカズカと鵠の傍へ歩いて行った。
「喰えぬヤツで悪かったな! 我らは鷦鷯(しょうりょう)の心臓を貰いに来たのよ! (うぬ)の好きにさせる為に来たのではないわ!」 
 鵠はフッと笑ったようだった。
「まあよい。順番としては……まず、白雀かと思うていたところ。そちらから来たのは実に都合の良いことだ」
「まっこと、人の話を聞かぬ奴だの! 手前の好きにはさせぬと言うておろうが!」
「ぴーぴーと五月蠅い女子だな。白雀とつるんでおるところからして、只者では無いのであろうが、我が懐に入りて大きな顔をするとは愚かな奴。白雀と共に、我が神に喰われるがよい」
 鵠の言葉が言い終わらぬうちに、辺りは真の闇に包まれた。それこそ目を開けているのか閉じているのかさえ分からない真っ暗闇だ。すぐそばで梟の固唾を飲む気配がした。
「梟殿、下がっておってくだされ」
 俺は、梟が居た辺りを探り、ぐいと衣を引いて自分の後ろへ下がらせた。

 ふわりと生臭いにおいがした。姿は見えぬが、鵠の居た辺りに何かがいる。それも、複数人の気配。……複数人? ああ、こいつが……
「鬼車か……」
 俺が呟くと、ハッと短く笑う鸞の声がした。
「こう暗うては何も見えぬよ! ……とでも言って欲しかったのか? 邪悪な気配とは誠に良く見える。阿保のように開けた口から垂れる涎の糸まで丸見えよ!」

――相手は腐っても「神」。神気を纏うが故に、顕現してしまえば気配を隠すことは出来ぬ。もともとは瑞兆を察して寿(ことほ)先触(さきぶれ)(かたち)を成したモノであるから、気を読むことを生業にこそすれ、害をなす為に産まれたモノではない。こちらがヤツの喰えないモノであれば、恐るるに足らぬ。
 阿比の言である。

 以前、鸞は鴻を前に「神は喰えぬ」と言った。鸞が鬼車を喰えぬのであれば逆もまた然りということだ。俺も、鸞曰く「普通ではない」からヤツの食物にはならぬそうな。波武が手間取ったのは、単純に多勢に無勢であったことと、日を嫌うが故、顕現することが稀であったこと。そして、国主一族が「我が神」を匿っていたことが原因だ。

 言葉にならぬ奇声が辺りに響いた。続いて、鳴きかわすように、複数の雑多な声がわあわあと辺りに響きわたる。耳を覆いたくなるような不快な声だが、確かに此れでは何処に居るのか丸分かりである。

 鵠は……俺も「喰えぬヤツ」であるとは知らぬのだな。先に俺を排除しておこうと考えたのは、最後の肉である心臓を取られぬためのみならず、鳰の守護を断ち丸裸にせんとするためなのだろう。

「おい! 白雀! 心臓はコヤツらの腹には無い。コヤツらいずれかの喉に引っ掛かっておるよ!」
 顕現したので影向の甲羅が利いたようだ。

 なるほど承知した。
 俺は鴻を引き抜いた。
 さてと、ひと暴れしようぞ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み