伏魔の巣 6

文字数 918文字

 下級仕官だった折なぞ、城に上がっても精々外堀の内程度であった。館近くまで行くことなどない。ましてや、国主殿の居室がある館内など生きている間に足を踏み入れることなど有りようかという程だった。
 本来ここに召されるのは、心躍る事であるはずだ。

 だが、この様は、白洲に引き出された罪人だな。
 中庭の花茣蓙(はなござ)の上に座した俺は、ただつくねんと目の前の一点を見つめていた。美しく整えられた庭だ。玉砂利の上には枯葉一つなく、植栽は端正に刈り込まれている。しかし、躑躅(つつじ)や蘭などの花も咲きそろっているというのに、蝶の気配すらない。
 不気味に静かな庭であった。

白雀(はくじゃく)よ。此度(こたび)のいきさつは、(きょう)より伝え聞いておるであろう」
 (えん)の上に嵩高(かさだか)の円座を敷いて、穏やかな目を向けているのは、この国の主である(くぐい)殿だ。
 滑らかな絹の衣を纏い、ただ座しているだけであるのにその居様(いよう)が目を引くのは、恵まれた体躯だけではなくある種の気を纏っているような気がするからだ。それは、光のようであり、圧のようなものでもあり、俺にはその正体は分からぬ。目を合わせるには(おそ)れ多く、故に、俺は顔をあげられぬままにただ一点を見据えるしかない。

「我は、梟に『丹』の研究を命じた。この世には治療の方法も解らぬ難しい病がたくさんある。それを我はどうにかしたいと思うたのだ」
「……」
 俺は(わず)かに頷いた。
 しかし、実際は……そんな雰囲気じゃないぞ。

「瀕死であったお前が、命を拾ったと聞いた時、一条の光を見た気がしたぞ。左腕には時間がかかると聞き及んでいたが、これで体は思うように動くようになったのだな」
「は……」
 俺はまた、(ひそ)かに返答をした。

「だがしかし、親父殿よ! コヤツは、『丹』の妙である不死不滅の力は無いようだぞ」
 後ろから蓮角の声がした。
 いきなり背中を蹴りつけられ、思わず前にのめる。
 歯を食いしばった。
 続いて左脇腹を蹴り上げられる。
 たまらず横ざまに倒れたところでみぞおちに爪先がめり込み、息がつまった。

 目の端で捕らえた鵠殿は、眉一つ動かさずにこちらをただ眺めている。

「おら、白雀よ。やり返してもいいのだぞ? いつぞやのように」
 ゆるりと体勢を立て直した俺の頭を掴んで、蓮角は耳元で囁いた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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