乙女心と面目 5

文字数 601文字

 高位の役人の子女には、護衛として男性侍従が付くことがある。
 その場合、侍従は「安摩(あま)」と呼ばれる面を付ける。昔からの仕来(しきた)りなので理由は定かでない。子女が従順な侍従に懸想することを避ける為とか、そもそも捨て駒である侍従の入れ替わりに心を痛めることが無いようにする為とか、もっともらしい理由がこじつけられている。

 俺は、兵部大丞(ひょうぶたいじょう)の娘の侍従としてそれらしい振る舞いができるようにと知識を詰め込まれた。
 要は、引く場所と出ていい場所の(わきま)えである。
雎鳩(しょきゅう)殿が、護衛に俺だけ連れてるのは却って目立つのでは?」
「白雀、雎鳩『

』!」
「う、……すまぬ」
 長年の武人としての癖がなかなか抜けない。
 えーと……雎鳩

だな。うん。

「相手を油断させるためよ。いざとなれば私も反撃できる」
 雎鳩は拳を作ってニヤリと笑った。
 そういえば女子としてはやけに握力が強かった。
「何か(たしな)んでおられるのか?」
「文官崩れに負けぬ程度には」
 不敵な笑みを浮かべて、雎鳩は顎を上げた。

 兵部卿の補佐を勤める大輔少輔(たいふしょうゆう)は実は文官出。兵站戦略の知識をもち、武力を行使する軍を支える。
 軍部が力をつけすぎないようにという、いわゆる文民統制だ。

「で、俺のことはなんと呼ぶことに?」
「そうね。『(ちん)』ではいかが?」
「それでは毒鳥ではないか。もう少し何かこう……気の利いたものは思い至らぬのか」
 眉間に皺を寄せて雎鳩を見下ろす。

「無い」
 雎鳩は、意地悪く笑った。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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