爪紅 4

文字数 825文字

 翌日も同じ頃に都はやってきた。同じように拝殿へ参り、時を過ごす。

 都が拝殿へ参っている間に、控えている侍女に仔細を問うてみた。
「私は、数年前よりお方様にお仕えしている身の上でございます。申し訳ござりませぬが、以前のことは余り存じ上げませぬ」
「では、以前お仕えしていた侍女は」
「実家に戻ったようでございます」
 此処からの情報は手詰まりか。

「都様が大事に抱えていらっしゃる(なつめ)は一体……」
 この問いには、侍女は眉を顰めた。
「あれは……触れてはならぬものでございます。お方様も肌身離さずお持ちになられていて……」
「そうか……」
 それにしても、……。
「こういっては申し訳ないが……都様は、『狂女』のお噂もあった方。お仕えになるには不安や心配もあったのでは?」
「ああ……」
 侍女は眉をハの字にして応じた。
「私が仕えるころには大分落ち着かれておりましたので、特に心配はしてございませんでした。昔は、徘徊されたりもなさったようですが、お年を召して随分と大人しくなられたと聞きます」
「時に、狂われた原因については聞き及びませぬか」
 侍女は俯き、苦しそうな顔をして唾をのんだ。
「身内の……御不幸で……と、聞き及んでおります。何方かは存じません」
 前任の侍女は、余程口が堅かったと見える。

 拝殿から都が出てきた。
 傍に、ムッとした顔の鸞が付き添っている。
 都は侍女に引き取られて屋代を去った。

「ブスくれて、どうした?」
 都らを見送ってから鸞に聞くと、鸞は、聞けよ! と語りだした。
「昨日会うたのに、今日もまた、初めてのように吾を見たのだ!」
「……それは、恍惚としておられるから仕方のないことだ」
「それにな、また、歳を訊かれた!」
 お、おう……。
「また、がっかりした顔で『もう硬い』と言われた! 何のことだ?」
「ああ、……それはな」
 都が、かつては死んだ子供の爪を求めて狂っていたことを話すと、鸞がゲッという顔をした。
「吾の爪はやらんぞ!」
「いや、お前は生きておるだろう」
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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