隣の花色 14

文字数 726文字

「さても、コヤツはどうするかな」
 倒れた善知鳥に握られたまま、ジジジと打ち震えている太刀を見下ろして、俺と鸞で溜息を付いた。噪天は鸞の仕打ちに衝撃を受けたまま、腰を抜かして座り込んでいる。

「持ち主を焚きつけて凶事を働こうとする魔物であるから、まぁ、厄介であるなぁ」
 鸞が腕組みして首を傾げていると、またあれだ、俺の後ろから熱い息が吹きかかった。

「案ずるな。手前が召してやろうぞ」

 気配に顔を上げた鸞が、俺の方を見てハッと目を見開いた。
「おや、其の方、……もう具合は良いのか?」
「えっ?」
 俺が慌てて振り返ると、肌も露わな婦女が(しな)を作っていた。
 申し訳程度に胸元と腰を覆ったヒラヒラとした薄布に、俺はギョッとして視線をそらした。

「あらやだ。いつも熱く手前を掻き抱いてくれましたのに、つれない態度!」
 熱く? 掻き抱く? 俺が???
「うお! あっ! ぬ、主はっ! 縁結びか?」
 慌てて右手の合口に視線を落とす。
「はい! (うかり)と申します。先だっては遠仁に憑かれ吾を失うていたところ、御霊を救っていただき、感謝の言葉も御座りませぬ」
「そらーまー、(みずち)だからよ。艶っぽいのは仕方あるまいのぅ」
 努めて虚無の相で虚空を見る俺を、鸞は目を細めて見る。

は女子の扱いには慣れておらぬだけだ。愛想がないのは

じゃ。鴻とやら、気にするでないぞ」
 あらまぁ、と鴻は微笑んだ。
 身をかがめると、未だ震えている太刀にそっと白い指を触れる。
 キラキラと光を返していた刀身はみるみると輝きを失い、赤い錆を浮かせながらバラバラに崩れていった。

「『凪』を封じていたのは、『血』でありますよ。誰のものかは、存じ上げませぬが」
 
 鴻はツイと身を起こすと、風に巻かれるようにふわりと消えた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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