餓鬼の飯 6

文字数 998文字

 翌朝、門前に出した縁台を片づけに精鋭と共に表に出た。握り飯が並んでいた盆の上も、綺麗になっているのを見て、俺の歪な握り飯もはけたか、と安堵する。
 向かいの屋敷の前で、同じく供物を乗せていた縁台を下げていた家人(けにん)が、こちらを見て慌て馳せ参じた。好奇と(おそれ)を含んだ顔をしている。
「なあ、未明に唐丸(とうまる)殿が()んだらしいぞ」
 誰だ? それは。俺が訝ると、鶹が眉間に皺を寄せて、ふん、と不機嫌に鼻を鳴らした。
「あの吝嗇(りんしょく)爺か。命もケチってさっさと逝ねば良いと思うていたが、とうとう亡うなったのか」
 随分と悪し様に言うものだ。そんなにいけ好かない奴であったのか?
「そいつは一体何をしたものやら」
 俺が問うと、縁台を担いだ魚虎が下唇を突き出した。
「握り飯に毒を盛って、家無し子らを脅かしたのよ」
「なっ……」
 なんと非道(ひど)いことを。

 遠仁への供物である握り飯は、いわゆる浮浪児と呼ばれる子たちが受け取りに来る。盆の隣に塩壺を置いておくのは味付けの為のみならず、受ける子らの清めの為だ。

 小間物屋の唐丸という男は、昨年の御魂祭の際、その塩壺に毒を含ませておいたのだと言う。道端で体調を崩している浮浪児から、「唐丸の握り飯を喰ってからおかしくなった」と申告があって発覚したモノらしいが、人知れず命を落とした子も居たかもしれない。唐丸本人は「猫いらずが紛れたのかも」とノラクラとかわし、確たる証拠もなかった為放免となったが、周囲が疑惑の目を解くことは無かった。商品を損なわれたか、万引きされたかの逆恨みでやったのだろうともっぱらの噂であったらしい。普段より吝嗇で知られ、施しをケチる質であったために、益々人は遠巻きにした。  

「御魂祭で逝ぬなど、報いというものはあるものなのねー」
 水恋が溜息を付いた。その場にいた皆、一様に「さもありなん」な風情であった。

 その後は、いつものように長閑に日が過ぎていたが、夕闇迫るころになって鸞がソワソワと落ち着かなくなった。
「どうした?」
 俺が訊くと、共に居た精鋭らの視線を気にして、鸞は俺の袖を引いて控えの部屋まで引っ張っていった。
 気難しい顔をして戸を立てた鸞は、視線を泳がせながら俺に言った。
「なんぞ、恐ろしいことが起こっているような! この! 城下であるのに! 吾のような野良の久生にまで招集がかかっておる!」
「えっ? 屋代からか?」
 鸞がこっくりと頷く。
 俺はゴクリと唾を飲んだ。
 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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