禁色の糸 10

文字数 948文字

 鸞が翅の付け根を狙って右手を弾く。
 黒い粉を巻き上げて羽衣が頭上を掠めた。
 俺は懐から合口を引き抜く。
「鸞! 天幕を倒せ! コヤツを導く!」
「承知した!」
 鸞が、天幕を張っていた柱を倒して回ると、白い天幕に止まっていた三月虫が一斉に舞い上がった。
 焚火が風に煽られて火の粉を上げる。
 神樹のおが屑を焼きながら、焚火の火勢をどんどん強めていたのはこのためだ。羽衣は蝋を纏っている。さぞかしよく燃えるだろうよ。
 焚火を背に立つと、案の定羽衣はこちらに向かって飛んできた。鸞の一撃が効いたのか飛び方が不安定だ。
 俺は合口を正面に構えた。
 羽衣がこちらにすがり付こうと脚を開いて飛び掛かったところで、合口を袈裟懸けに振り下ろして身を沈める。
 さすが(うかり)。手応えがあった。
 真っ黒な粉塵が舞い上がり俺の頭上すれすれを羽衣が勢いのままに飛び去る。背後でボフンという音がして熱い空気が背中を(あぶ)った。
 くるりと身を交わして背後を見ると、焚火の炎の上で羽衣がバサバサと暴れている。蝋状の鱗粉を纏った翅に、あっと言う間に炎がまわった。
 翅が無くなってしまえば身動きが取れない。羽衣はそのまま炎に炙られて、動かなくなった。
 青白い玉がふわりと浮かび、俺は難なくそれを回収する。

「意外に呆気なかったな」
「遠仁になって間の無い知恵の足らぬ奴だったのだろう!」
「……それにしても、………臭いな」
「虫の焼ける臭いもそうだが………おい! 主! 酷い顔だな!」
「ああ?」
 鸞に咎められて、俺は自分の頬を(こす)った。
 真っ黒な煤のようなものが付く。して、これが臭い。
「下紅羽衣の鱗粉……? あー……」
 さっき頭上を通過した時の黒い粉塵か。
 ということは……。
 俺は自分の身体を見回した。黒い粉を頭から被ったような様になっている。
 鸞が腹を抱えてゲラゲラ笑い出した。
「顔が真っ黒だ! 炭焼きのような顔をしておるよ!」
「そんな悪様に笑いおって……酷いな。好きでしておるのではないわ!」
 ひとまず抗議してから、俺は左手に残った膜を鸞の目の前に翳した。膜の中身は、くるくるとまとまった赤い紐のような様をしている。
「ほれ、今回は狙い通り鳰の血管だ」
「ほほう! これで、大分、鳰の身体が戻せるな!」
 鸞は涙を拭きながら、キラキラした目を俺に向けた。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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