古き物 1

文字数 759文字

 翌日から、城下の屋代に現れた久生の話で市中はもちきりであった。
 見目麗しい女神が窮地を救ったというのでいずれの御神(おんかみ)であろうかと憶測が飛び交い、城下の屋代の久生として迎え入れられぬものかと勝手なことを言う者まで現れる始末。

「な? 人は派手なモノしか目に入らぬであろう?」
 ドヤ顔を決めている鸞に、俺は横目を呉れた。
「鸞ちゃんって、神様だったのねぇ」
「こんなカワイイ神様がいたなんて知らなかったわ」
 鸞は、先程から魚虎の膝の上に抱えられて、翡翠に頭を撫で繰り回されている。
「よかったな。可愛がってもらえて」
 ほんと、童子の成りは便利だな。誰が見ても人畜無害に見える。どんな闇を抱えて居ようとも無邪気に映る。俺は複雑な表情で鸞を見つめた。

「只今帰り申した」
 そこへ、市中に遣いに出されていた水恋と鶹が戻ってきた。
「帰りに屋代のあたりへ寄ってきたのだが、未だに見物の人が絶えぬよ。見たからどうというものでもないのにな」
 鶹が溜息をついた後、ところで、と言葉を継ぐ。
「屋代の斜向かいにある空き家に普請が入っておったが、誰ぞ参るのであろうか?」
 あ! と鸞が声を上げる。
「そこには梟殿が参るのよ!」
「梟様とは?」
 翡翠が小首を傾げる。
「医術者です。城下のはるか西に施療院を構えてらっしゃいますよ」
 俺が答えると、魚虎が、ああ、と合点がいった顔で頷いた。
「いつぞや鴫様の目を治された高名な医術者様ですよね」
「おや、魚虎様は、鴫様をご存知か」
 俺は驚いた。世間は案外と狭いものだ。
「まぁ、鴫様の沙汰はなかなかに面妖だと噂になってましたもの」
 ねぇ、と、他の精鋭とも目配せをする。
 なるほど、そう言うことか。
 とすると、鳰が城下に来ることになる。
 早いところ夜光杯を見つけなければ、鳰が遠仁に(たか)られる。
 後で、雎鳩の元に出向くか……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み