紅花染め 7

文字数 1,538文字

 昼時の施療院は忙しい。厨でおにぎりを握った鳰は、汁物と一緒に診療室の梟に運ぶ。俺は、立ったまま

を頬張っていた。その内、阿比が待合に集まった子どもらの為のおにぎりを取りに来る。鸞はそれまでに、とせっせとおにぎりを握っては並べていた。
「上手いな……鸞は」
「年の功と言うやつよ。なんだ? その、主の不細工な飯は」
「喰えば一緒だ」
 まだ何か文句を言いたそうな鸞に、黙れ! とひと睨みをくれて最後の一口を頬張った。
「らんと はくりゃくのの いっぱい めしあなるか?」
 梟のもとから厨に戻ってきた鳰が、汁物の大鍋に向かった。
「ああ、よばれよう」
 俺は棚の上から椀を二つ取り出して鳰に渡した。たまたま俺の右手を見た鳰は首を傾げた。
「あれ? ふえてる?」
「ああ、……鳰がつけた翡翠に呼ばれたのかな」
 とりどりの玉が並んだ玉の緒を見て答える。かなしいかな、石についてはとんと疎いので何の石なのやらサッパリ解らぬが。
「そうだ! 阿比に聞こうと思うておったのだ! 鬼車に付いておったヤツよの?」
「うむ」 
 それだけでは無いのだがな……。

 鳰から汁椀を受け取って、鸞と共に忙しなく啜っているところに阿比がやってきた。
「今日は子どもが6人来ておる。握り飯は出来てるか?」
「ああ、そこに出来ておるよ!」
「つけもの そえておくよ」
 鳰が、まな板の上に切っておいた大根の漬物を握り飯に添える。
「のう! 阿比、守り石には詳しいか? 白雀の腕に付いている石が何だか解るか?」
 鸞が伸びあがって阿比に声を掛ける。
 どれどれ、と阿比が俺の右手を手に取る。

「あれ……つけもの ふたつ あまった。らん くちをあけて」
「お! くれるのか」
 椀を両手で抱えていた鸞が、あーんと口を開けて鳰から漬物をもらい受けた。

「……えと、この赤いのは『日長石』だな。勝機を司る。んで、この碧いのは『瑠璃』だ。心眼をもたらすと言われている。で、この青白いのが『月長石』。先を見通す力を与える。この真っ白なやつは多分『白瑪瑙』だな。邪気を退けると言われているモノよ。真珠は解るであろう? 無垢や純潔を象徴するもので……、この中では一つ毛色が違うな?」
 ああ、それは、……伯労からもらい受けたモノであるからだ。
 ふうん。
 俺は阿比の説明に感心した。それぞれに意味のある守り石なのだなぁ……。それを、鬼車は戴いておったのだ。やはり、……元は良き神。

「はくりゃくのの くちをあけて くらさいませ」
「ああ」
 鸞に漬物を分けていたのを耳半分に聞いていたので、それのことであろうと、目は手元の玉に向けたまま、口を開けて閉じた。
「ん?」
 閉じた口に違和を感じて、ハタと鳰を見る。
 鳰は湯気が出るのではないかと思うほど耳まで赤くなっていた。
 お……おっと、鳰の指まで咥えておった。
 慌てて指をひっこめた鳰は、口元を押さえて蹲った。

 ま、またかよ!

 泡を喰って、椀と箸を置く。
 鳰は蹲ったまま片手を上げて、大丈夫と手振りをするが……。
「梟殿、……呼ぶか?」
「……いい……てす。らいじょ……ぶ」
 蹲った鳰は、背中を震わせて答えた。
 き、今日は一度ならず二度までも鳰を!
 慌てて鳰の隣にしゃがみこんで背中を擦る。
 
 一大事では無いか!
 なんで、鸞も阿比もシラッとしておるのだ? 

「ふふ……くっくっくっ……」
「ええ?」
「はくりゃくのの におの ゆびまれ たびた!」
 声を殺して笑っていたようで、涙を拭きながら鳰が顔を上げた。
「なんだ……笑って………おったのか」
 俺は力が抜けて、そのままへたり込んだ。
「ほんに、御主、……見てて飽きないな」
 呆れ半分で阿比が呟いた。
 俺は、なんだか猛然とむしゃくしゃして、口に入っていた大根の漬物をバリバリと噛んで飲み下した。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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