梟の施療院 4

文字数 731文字

 数日後、意外な客人が訪れた。珍しく波武(はむ)が嬉しそうに吠えているので庭へ出ると、黒衣の男が波武の歓待を受けていた。

阿比(あび)……殿か」
 いつぞやの「(うた)い」の男であった。
「おう。白雀(はくじゃく)殿、だいぶ動けるようになったのだな」
 阿比は、波武の容赦無い跳び付き攻撃に気圧されながら、困惑まじりの笑みを浮かべた。

「や、(にお)も息災であったか」 
 俺の背後にぴたりと付いていた鳰が、客人が阿比と知って、そっと顔を覗かせた。
「町の方に行ったのだが、……白雀殿はここに居られると聞き及んでな。近くで仕事があったのでこちらに寄ったのだ」
「ああ……」
 俺は小さく頷いた。

 鳰が手振りで内に入るように促す。
「阿比殿は、鳰殿とは旧知であったのか」
 俺が言うと、波武にまとわりつかれてなかなか動けずにいる阿比は、苦笑まじりに答えた。
「鳰を拾ってここに連れてきたのは、この私だ」
「なんと!」
 俺は先立って行く鳰の後ろ姿と阿比の顔を交互に見た。

 今の鳰の在り様を見ると、生い立ちや身の上を聞くのはどうにもはばかられて、実のところ鳰のことは何一つ知らない。生身の部分は脳と右目だけと聞いていた。阿比はその状態の鳰をここへ持ち込んだということになる。

 二の句を告げなくなった俺を、阿比は気の毒なモノに向ける目で見た。
「もっと言えば、この波武なぞ、もとは私の相棒だ」
「……」
 それでか……。
 いつぞや、狼の遠吠えを聞いて阿比が席を外したのは、あれが波武の声と気付いたからか。

 色々と腑に落ちた。
 鳰と入れ替わるように、奥から(きょう)が顔を出した。

「阿比! 久しいなぁ。さあ入れ。今日は泊ってゆくのだろう?」
 
 梟が破顔して招き入れると、ようやく波武は歓待を解いた。喜び勇んの顔で梟の脇をすり抜け、屋内へと入っていった。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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