夏椿の森 8

文字数 1,039文字

「真面目に『(うた)い』を修めたいわけでは無い。その……

だ」
 ムッとして俺が答えると、童子はひょこッと姿勢を正した。
 冠の玉飾りが揺れる。
「ほう! 

をするのか。其の方ら、何を企んでおるのだ? 楽しそうだなぁ! ()も混ぜろ!」
 目をキラキラさせて身を乗り出す。

「意地の悪い遠仁(おに)と追いかけっこをする羽目になっておるのだ」
 阿比の言葉に、童子はしばしばと目を瞬いた。
「それは気の毒な。つまらぬ! ()に遠仁は召せぬのよ」
「間に合っておる。遠仁を喰うやつはそこに居る」
 阿比がサラリと言い、俺の方を見た。
 童子は、再び俺を見た。
其方(そち)、……随分と悪食(あくじき)よのう」
「俺だって、喰いたくて喰ってるわけでは無い。必要だから喰うんだ」
 俺は二人から視線を外して溜息をついた。

 先程からなんだ、この童子は。
 阿比の知りあいらしいが、説明が無いので何者なのやら今一解らぬ。

「まぁ。いじけるなよ。見れば其方(そち)、なかなか面白いことになっているではないか」
 視界の外から頬に触れる感触。
 急に声の感じが変わって、違和感を覚えた。
 視線を隣に戻すと、年のころは花鶏(あとり)と同じくらいであろうか。
 眉目秀麗な()の子と目が合った。

 あ、れ?
 さっきまでここには童子が……。

 呆気に取られていると、顎をぐいと掴まれて瞳をのぞき込まれた。
「ふうん。『丹』を抱いておるのかぁ」
 艶然と微笑んだ(かんばせ)が、すいと近付き、柔らかい唇が俺の口を覆った。
 俺は目をかっ開いたまま、頭が真っ白になる。
 (たお)やかな様に似合わぬ淫靡な音を立てて舌を吸うと、満足気に(かお)を離し、今度は耳朶に熱い息を吹きかけた。

「なあ、阿比よ。コレを召す時は()を呼びたもれ。気に入った」
 余りの驚きに固まっていると、茫然とこちらを見ていた阿比が溜息をついた。
「……余程、白雀殿は美味しそうなんだな。波武(はむ)にも唾つけられてるんだぞ。っていうか、なんで私指定なのだ?」
 呆れ顔の阿比にそう言われて、男の子はスンと真顔になってつかの間思案した。

「そうだな。阿比なくば、こちらから出向こうぞ」
 男の子は再び花のような笑顔を向けると、俺の頬にやさしく接吻をして、消えた。

「……なんだ、今のは」
 気が抜けたようになって唇の触れた頬をなでた。
「私も、アレが

するのは初めて見た」
 阿比も呆れ返って答えた。
 俺は顔を上げた。
「アレは、なんだ?」
「……アレが『久生(くう)』だ」
「久生……」
 
 俺は口元を覆った。
 いくら見目麗しいとはいえ、男みたいなものに、

されたのは……初めてだ。 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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