遠仁の憑坐 3

文字数 796文字

 (いと)わしい話題なのであろう。阿比(あび)の口調は重く、言葉を紡ぐのに大層な覚悟がいるようであった。
 俺は、辛抱強く次の言葉を待った。

「玉造りの杯に……祈念する者と(にえ)の血を盛って(まつ)り、……遠仁を招く」
「………」
「………贄は……生きながらに肉を()われ、遠仁は……ひきかえに願いを満たす」
「…………」
 俺は、息を呑んだ。そのような、()まわしい呪いがあるのか?
「鳰を贄に捧げた者は、いかような切願を立てたのかは知らぬが………何匹の遠仁が、鳰の肉を千切り取っていったのであろうな……」
「…………」
 あまりのことに、俺は覚えず顔を覆った。

「『夜光杯の儀』では、必ず、一つの肉片を残す。肉体の全てを奪われてしまったら、贄は遠仁となり呪いは失敗となるからな。……どういうわけか、鳰は、脳と右の眼球という

を残した。そしてそれを………、波武(はむ)が私の元に持ってきた」
「では……」
 遠仁たちは、その

鳰の元に寄ってくるというのか。

「鳰を……贄に捧げると誓った夜光杯がある限り、遠仁は鳰を追い続ける」
「そんな………。鳰は、永遠に遠仁に追われ続けられねばならないのか? ……鳰を救うには一体どうすれば!」
 俺は阿比の目をひたと見据えた。

「やはり……貴殿は真っ直ぐな漢よの………」
 阿比は眉を曇らせた。

「いずれにせよ、夜光杯を回収せねばなるまいが……方法は二つ」
「………」
「一つは、夜光杯を手に入れてから今の鳰を『久生(くう)』と『尸忌(しき)』に召してもらうという方法。………そして今一つは、鳰の肉体を千切り取っていった遠仁どもを一匹ずつ潰して肉体を回収し、夜光杯を割るという方法だ」

 鳰を、殺すか、生かすかの二択。
 それも、生かす方の選択は遙かに道が険しそうだ。

「その……『夜光杯の儀』を図ったものは誰なのだ?」
 俺の問いに、阿比は瞑目して首を横に振った。

「波武が、どこで鳰を拾ったのか、語ることが出来ればよいのだがな」 
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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