禁色の糸 3

文字数 972文字

 俺と鸞は、草原を見下ろす丘の上にいた。
 此処で戦があったのが、一昨年の冬。大地を血潮で染めて、相争った場所。今は、春の日差しのもと若芽の爽やかな香り溢れる草原だ。

「あちらの山が敵軍の、こちらの山の裏に自陣の本陣があった。山の端にあるこんもりした緑の群落が神樹(しんじゅ)だ。蚕食(さんしょく)に耐える強くて生命力に溢れた木でな、成長が早い。瞬く間に大きく高くなるので『神のおわす天に至る木』という意味を込めて『神樹』という」
「確かに戦線のど真ん中であるな!」
 そして、それが問題の木である。慈鳥(じちょう)の話だと、野蚕の春蚕(はるご)の繭を求めた村人が始めに被害に遭ったのだという。
「野蚕の糸は綿状であるので、集めて洗ったあと撚り合わせる作業をする。綿花と同じだな。光沢があり丈夫な糸が仕上がる。そのままでは神樹の皮のようなくすんだ茶の糸だ。丈夫(ゆえ)、簡単には染まらぬ」
「それが、あの木についた繭は始めから深蘇芳(ふかきすおう)に染まっていたと! そう言うことなのだな!」
 乾いた、血の色。
 そう思うとゾッとするが、通常、深蘇芳(ふかきすおう)の色自体は手間のかかる染色工程を経なければ出すことの出来ぬ色故に、禁色(きんじき)に定められた高貴な色彩である。
「だから、因果が解るまで被害が出続けたのだ」
 赤い色の出所は、あの木だ。蚕が変異したのではなく、餌がそもそも血染めであったということだ。
「でも、本当に良いのか? 深蘇芳の糸は高く売れるのであろう?」
「欲の突っ張った金の亡者並みに恐ろしいことを言うのう。身代以上に高いモノはなかろうよ」

 赤き繭を求めてあの木に近付いた者の何人かが、木に血を吸いつくされた。全員ではないところが嫌なところだ。被害者も共通点なくバラバラなので、予防の策の立てようがない。
 やはり気味が悪いということで、あの木を切り倒そうとしたが色々と差し障りが出て切れなかったらしい。戦場(いくさば)であったがために、やはり遠仁か、と『謳い』を呼んで遠仁を弱らせてから切ろうということになって、呼ばれたのが阿比だった。阿比に呼びがかかったのは、憑いた遠仁が元は(つわもの)だったのであろうと思い定めてのことであったらしい。
「硬くて切りにくい上に、放っておくと翌日には元通りとは難儀なことよ!」
「オマケに血吸いの怪異が起きるのは、三月虫が活動しておる間だけ、という塩梅なのよな」
 そろそろ幼虫が活動を始めるので、怪異が再開する頃合いである。
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登場人物紹介

白雀(はくじゃく)

下級仕官の四男。戦では「花方」と呼ばれる切り込み隊の一人。

自他ともに認める朴念仁。堅物なくらいに真面目な性格。

新嘗祭の奉納舞ではトリを勤める舞の名手。

鸞(らん)

「久生(くう)」と呼ばれる魂を喰らう無形の神様。

白雀を気に入って自分の食物認定して付き纏う。

相手によって姿形を変えるが、白雀の前では5歳の童の姿でいることが多い。

傲岸不遜で態度がデカい上、戦闘能力も高い。

久生はもともと死者の魂を召し上げる役割を持つが、鸞の場合、生きている者から魂を引っこ抜くこともする。


波武(はむ)

実の名は「大波武」。成人男性を軽々背負える程の大きな白狼の姿の「尸忌(しき)」。

尸忌は、屍を召して地に返す役割を持つ神。

白雀の屍を召し損ねて以降、他に取られないように、何くれと力になる。

鳰(にお)

神に御身を御饌(みけ)に捧げる「夜光杯の儀」の贄にされ、残った右目と脳をビスクの頭部に納めた改造人間。

医術師の梟(きょう)の施療院で働いている。瀕死の白雀を看護した。

阿比(あび)

死者を弔う際に久生を呼び下ろす「謳い」。

屋代に所属しない「流しの謳い」を生業としており、波武、鸞とは古くからの知り合い。

遠仁相手に幾度となく修羅場を潜り抜けている。細かいことは気にしない性格。

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